所長のメッセージ
: 令和6年11月によせて
鳥取産業保健総合支援センター 所長 黒沢 洋一
「世論調査はあてにならない」
アメリカの大統領選挙はまれにみる接戦であると各種世論調査が伝えられ、決着には数日
かかるとの見方が大半であった。だが、決着はすぐについた。そのため、世論調査はあて
にならないといわれる。
◇対象集団(母集団)を少数の標本(サンプル)から予測する世論調査は、統計学の理論
に基づく理想的な方法を用いればかなりの精度(推測が間違う確率5%未満のように)で
推測できる。理想的な方法の最も重要な点は母集団を代表するようなサンプルが選ばれば
れることである。方法の誤りによる失敗例が1936年のアメリカ大統領選挙における世論調
査である。保健統計のテキストなどにも紹介される有名な事例である。1936年のアメリカ
大統領選挙は再選を目指す民主党のフランクリン・ルーズベルト候補と挑戦する共和党の
アルフレッド・ランドン候補によって争われた。大手雑誌のリテラリー・ダイジェストが
自誌の購読者、電話利用者等の名簿等から無作為に調査対象者を選び共和党のランドンと
予測した。
結果はフランクリン・ルーズベルトの大勝であった。当時電話の普及が進みつつある段階
で、電話を所有していた人には比較的裕福であるという傾向があった。当時、共和党は比
較的裕福な層が支持基盤で、民主党は比較的貧しい層が支持基盤であった。そのため、電
話帳から選んだ調査対象には初めから共和党優位の偏りがあり、誤った予測結果となった。
その後は電話の普及が進んだので、このような偏りはほとんどないと考えられている。こ
のため、新聞社などが行う調査方法は、コンピューターが無作為に決めた電話番号に調査
員が電話して回答を集める方法が一般的である。最近では、回答率の低下やコスト上昇の
関係で、インターネット調査への移行も進んでいるようだ。
◇対象者の選び方のほかに、回答する側の問題もある。例えば個人の収入に関する質問は、
無回答が多くなるなど、正確な情報が得にくいことが容易に推測される。基本的な情報で
ある年齢でさえも、正確な情報は得にくいことが知られている。実年齢よりも若く申告す
る傾向があるのだ。最近の大統領選挙では、意中の候補の名を表明しない、うその申告を
するなど、いわゆる隠れ支持者の存在が調査結果をかく乱する要因となっている。ある世
論調査会社は「隠れ支持者」の存在を独自に調査・評価して補正する方法を用いて今回の
大統領選挙結果を正確に的中させている。多数の世論調査が出てくるが、このような調査
能力に優れた世論調査会社の結果を信頼すればよいのではないかと思う。ただ、この会社
も前々回2016年の大統領選は的中させているが、前回2020年は外しているようだ。「隠れ
支持者」の存在を過大に評価しすぎたせいかもしれない。世論調査結果は、あくまでも参
考資料の一つとしてみるのがよいだろう。