所長のメッセージ
: 令和元年6月によせて
鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
最近、日本の経済界の関係者などから、日本の労働者の採用及び就労条件の基本であった終身雇用について、「これからは終身雇用制度を守るのは難しい」とか「終身雇用制度はもう守れない」という談話があることをマスコミが報じるようになりました。このことは、日本の資本主義体制とそれに基づいて成立している労働基準法や日本の労働法規の根本をゆるがす言動であると注目されています。一般的慣例として、日本では会社に採用されて就職すれば定年(退職する年齢をあらかじめ定めていること)まで、その会社に勤務することが保障されていると労働者は考えていると思います。かつ正当な理由なく解雇されることもなく安心して勤務を継続できると多くの人は考えていると思います。
18世紀にイギリスで産業革命がおこり、近代資本主義が始まりました。自給自足により生活する、或いは自分の能力や技術で作った商品を売って収入を得ていた時代から、自営業者や会社のオーナーなどを除いて、一般の多くの人は1日に8~12時間、工場等で労働者として仕事をする、いわゆるサラリーマンとして労働し、その対価として報酬(賃金)を得て生活するようになり今日まで続いています。
そして、日本で生産される自動車や電気製品などは、長期間の労働が保障された労働者による熟練した技術によってこそ、品質の良い製品をつくることができたのです。
特に自動車などの製作にあたってはデザイン・インの思想が取り入れられ、製品の設計段階から、部品メーカーと自動車メーカーの間で情報を共有し、部品メーカーは単なる「下請け」ではなく自動車メーカーのパートナーとして、部品同士の「擦り合せ」により、製品全体の精度と完成度を高めて故障の少ない良質の製品を作り上げる事が出来ました。また、このことが消費者からも信頼を得るようになり、やがては世界市場で販売競争に勝てるようになり、日本経済はめざましい発展を遂げることが出来ました。
しかし、反面、このような親会社と子会社の関係は、日本の既得権益の構造、すなわち部外者を寄せ付けない政・官・業の癒着構造を生み、新製品の開発にややもすると努力をしなくなり日本経済の活力を奪い始めたのです。
そして、1980年代後半より日本社会に新自由主義が浸透するようになり、グローバルスタンダードに影響された市場至上主義の価値観が日本社会で受け入れられるようになりました。これは自由競争の体制で上手に稼ぐことが「資本主義の正義」と考えられるようになり、その結果として競争に敗れた者が倒産したり、職や財産を失う時代になりつつあります。
新自由主義による格差の拡大や終身雇用制度から有期雇用制度への変化は定期昇給がなくなり、低賃金による生活苦を自己責任として考え、正当化されるようになります。また契約雇用では雇用の流動化がおこり、企業間の労働力移動が活性化し、高い仕事能力を持った労働者が更に自分の能力を活用することが出来る場合は、社会の発展につながります。しかし一方で、短期雇用により必要な仕事の能力が身につかないままの特に若い労働者が増えれば、雇用の安定性が保てなくなるばかりではなく、熟練した労働力を確保出来なくなり、良質な製品の生産ができなくなるどころか、ひいては伝統的日本的資本主義が維持できなくなります。
みんなが求める幸福な社会、みんなが心豊かに暮らせる社会の実現は難しくなりつつある気がいたします。
終身雇用制が自壊し、有期雇用で労働することが本当に日本社会の安定的発展につながるのかどうか、「働き方改革」に合わせて考えなければならない時期に来ていると考えます。