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鳥取産業保健総合支援センター 所長 黒沢 洋一

 

「世論調査はあてにならない」

 

アメリカの大統領選挙はまれにみる接戦であると各種世論調査が伝えられ、決着には数日
かかるとの見方が大半であった。だが、決着はすぐについた。そのため、世論調査はあて
にならないといわれる。
対象集団(母集団)を少数の標本(サンプル)から予測する世論調査は、統計学の理論
に基づく理想的な方法を用いればかなりの精度(推測が間違う確率5%未満のように)で
推測できる。理想的な方法の最も重要な点は母集団を代表するようなサンプルが選ばれば
れることである。方法の誤りによる失敗例が1936年のアメリカ大統領選挙における世論調
査である。保健統計のテキストなどにも紹介される有名な事例である。1936年のアメリカ
大統領選挙は再選を目指す民主党のフランクリン・ルーズベルト候補と挑戦する共和党の
アルフレッド・ランドン候補によって争われた。大手雑誌のリテラリー・ダイジェストが
自誌の購読者、電話利用者等の名簿等から無作為に調査対象者を選び共和党のランドンと
予測した。
結果はフランクリン・ルーズベルトの大勝であった。当時電話の普及が進みつつある段階
で、電話を所有していた人には比較的裕福であるという傾向があった。当時、共和党は比
較的裕福な層が支持基盤で、民主党は比較的貧しい層が支持基盤であった。そのため、電
話帳から選んだ調査対象には初めから共和党優位の偏りがあり、誤った予測結果となった。
その後は電話の普及が進んだので、このような偏りはほとんどないと考えられている。こ
のため、新聞社などが行う調査方法は、コンピューターが無作為に決めた電話番号に調査
員が電話して回答を集める方法が一般的である。最近では、回答率の低下やコスト上昇の
関係で、インターネット調査への移行も進んでいるようだ。

対象者の選び方のほかに、回答する側の問題もある。例えば個人の収入に関する質問は、
無回答が多くなるなど、正確な情報が得にくいことが容易に推測される。基本的な情報で
ある年齢でさえも、正確な情報は得にくいことが知られている。実年齢よりも若く申告す
る傾向があるのだ。最近の大統領選挙では、意中の候補の名を表明しない、うその申告を
するなど、いわゆる隠れ支持者の存在が調査結果をかく乱する要因となっている。ある世
論調査会社は「隠れ支持者」の存在を独自に調査・評価して補正する方法を用いて今回の
大統領選挙結果を正確に的中させている。多数の世論調査が出てくるが、このような調査
能力に優れた世論調査会社の結果を信頼すればよいのではないかと思う。ただ、この会社
も前々回2016年の大統領選は的中させているが、前回2020年は外しているようだ。「隠れ
支持者」の存在を過大に評価しすぎたせいかもしれない。世論調査結果は、あくまでも参
考資料の一つとしてみるのがよいだろう。

 

 


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 黒沢 洋一

 

「ピンクリボン運動」

 

毎年10⽉はピンクリボン月間、胸元にピンク色のリボンをつけることで乳房チェックや
定期検診をうながし、乳がんに対する意識を高めることを目的として行われる世界規模
の啓発キャンペーンである。

全国がん登録データによると、女性の乳がんの2019年罹患数(1年間に新たに乳がんと
診断された数)は97,142人であり、この30年間で、年齢調整罹患率が2倍近く増加し、女
性で1番多いがんである。また、2019年の人口動態統計による女性のがん死亡数は156,0
86人であり,このうち乳癌は14,839人であった。全がん死亡に占める乳がんの割合は9.5
%であった。一方で、乳がんは自分で見つけやすい病気で、早期発見であれば約9割の人
が治癒すると考えられている。

ピンクリボン運動では、女性自身が自分の乳房の状態に関心をもち生活する健康教育
として「ブレスト・アウェアネス」の啓発が進められている。ブレスト・アウェアネスは
「乳房を意識した生活習慣」と定義され、その実践に際しては次の4つのポイントが挙げ
られている。①自分の乳房の状態を知る。②乳房の変化(しこり、血性乳頭分泌、皮膚
陥凹等)に気を付ける。③変化に気付いたらすぐに医師に相談する。④40歳になったら
2年に1回乳がん検診を受ける。

30年ほど前、スウェーデン留学中、ストックホルムの乳がん病棟の医療関係者と議論
する機会があった。当時のスウェーデンでは、女性のがんでは乳がんが最も多く、一方、
日本では、女性の胃がんが多かった。日本では、乳がん対策についてはあまり注目され
ていなかった。将来日本でも女性の乳がんが急増し、乳がんの診断・治療体制の整備が
必要になるだろうと感じた。日本の低脂肪の食事や女性の喫煙率が低いことが乳がん予
防に有効であることや、ブレスト・アウェアネスに関する議論をした記憶がある。

日本人女性の乳がんの年齢調整罹患率は、この30年間で急激に上昇し、女性のがんで
最も多いがんとなった。一方、欧米諸国に比べて罹患率は2分の1程度で、年次推移をみ
ると、近年横ばいになってきた。年齢調整死亡率は、欧米諸国の2/3程度である。年次
推移は、増加傾向が近年になり緩やかになったところである。

ピンクリボン運動は、我が国では2000年代に入ってから一般的に認知されるようにな
った。ピンクリボンのはじまりは、アメリカの乳がんで亡くなられた患者の家族が、「こ
のような悲しい出来事が繰り返されないように」と願いを込めて作ったリボンだといわ
れている。日本でもその願いが伝わってきているようだ。

 


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 黒沢 洋一

 

「Z世代」

縁があり、島根県夏の高校野球選手権決勝から、大社高校を応援することになった。
大社高校は、バッテリーを中心にした堅い守備と、バントを主体に機動力を駆使して
1点にこだわるという野球スタイルで、32年ぶりの甲子園出場を果たした。優勝直後
のインタビューでは、先日の日御碕地区の道路崩落事故への気遣いを示すなど大社高
校主将のしっかりした受け答えに感心させられた。高校生らしい好感の持てるチーム
だと感じた。甲子園での一回戦の相手は春の選抜の準優勝校であったが、自分たちの
野球を貫き快勝した。その後も快進撃を続け、甲子園で旋風を巻き起こした。準々決
勝で敗れはしたが、彼らが目標にしていたベスト8を見事に実現させた。堅い守備と
機動力が持ち味の大社高校の野球スタイルは、私が少年時代に郷里香川県で応援して
いた昭和の高校野球を思い出させた。

大社高校の選手はいわゆるZ世代の若者である。Z世代とは、アメリカ由来の消費行
動特性などで分類した世代で、1965~1979年生まれの「X世代」、1980~1994年生ま
れの「Y世代」の次の1995年から2009年代に生まれた世代である。Z世代は、生まれ
た時からインターネット環境があり、スマホやタブレットなどの端末を使いこなすこ
とができる世代である。タイムパフォーマンス重視の効率主義、仕事よりプライベー
ト重視、環境問題・社会課題への関心が高い、多様性を重んじるなどの特徴が指摘さ
れている。近年、Z世代の入社に伴い、企業の管理職・人事担当者が「やる気が感じ
られない」「ハラスメント扱いされる」など教育に頭を悩ませる様子が話題となって
いる。だが、結局、昭和世代の「普通はこうだろう」のような暗黙の了解や忖度が通
じないだけであって、当然やってくる時代と人の変化をどう受け入れるかが問われて
いる。Z世代の若者は、指示や指導に対して納得すれば主体的な行動を取り、驚くよう
な能力を発揮すると言われている。また、彼らはフィルム写真、レコード、昭和歌謡
などの「昭和レトロ」に関心がある。先に述べた大社高校野球部には、雨の日に泥ま
みれになってがむしゃらにノックを受ける「昭和デー」があるという。Z世代は昭和
と断絶した世代ではなく、昭和から途切れることなく繋がっている世代でなのである。


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 黒沢 洋一

 

「夏を乗り切る、経口補水液」

 

気象庁によると今年の7月は、記録を取り始めて最も暑い7月だった。7月初旬、
梅雨の合間の蒸し暑い日に外出した。1時間ほどだったが、びっしょり汗をかいた。
部屋に戻ってからも、汗はしばらく出続けた。水分補給としてペットボトルのお茶
を飲んだ。その日の夕方、こむら返りをおこし、ふくらはぎが痛く寝つきがわるか
った。2日間ほど体が重たく感じた。水分だけ補給して、塩分が不足する状態の軽
度の熱中症だったのだろう。暑熱に慣れていない状態では、体液と同等の高濃度の
塩分を含む汗が排出される。暑熱に慣れる(熱順化)と汗腺で塩分は再吸収され、
塩分低濃度のサラサラな汗をかくようになる。梅雨時のまだ熱順化していない状態
だったので、高濃度の塩分が排出されていたのだろう。この時の水分補給は、経口
補水液にすればよかったと後悔した。

経口補水液は、WHOなどが小児の感染症や熱中症による脱水症状の処置として
推奨しているドリンクで、一般に市販されているスポーツドリンクよりも塩分濃度
が高く、糖分は控えめである。充分な医療設備がない発展途上国で、点滴と同等の
効果が期待できるとして広く用いられている。わが国では某製薬メーカーからWH
Oの基準に近い経口補水液が市販されている。20年ほど前、医学部の社会医学実習
で熱中症対策をテーマとしたグループを担当し、当時発売されはじめたこの経口補
水液を話題として取り上げた。この実習に参加していた学生の中に剣道部員がいた。
彼によると、前年の真夏に開催された西日本医科学生総合体育大会(西医体)中、
スポーツドリンクで塩分・水分補給をしていたが、3試合目ぐらいから多くの部員
が疲労困憊となったとのこと。おかげで、成績は今ひとつだったという。真夏の冷
房設備のない体育館内での剣道の試合、想像以上の多量の汗をかき、塩分の補給が
足りなかったと考えられる。そこで、その年の西医体にのぞむ剣道部員に教育・研
究用に準備していた経口補水液数十本を持たせた。結果は見事優勝であった。ただ、
その勝因が経口補水液の効果によるものなのか出場部員の技量の向上によるものな
のかは定かではない。

 


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 黒沢 洋一

 

「1.20ショック」

 

6月5日厚生労働省は、2023年の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子どもの数の推計値)
が前年から0.06ポイント下がり、1.20だったと発表した。 記録のある1947年以降の最低を更新した。
出生数も72万7277人で過去最少を更新した。OECD加盟国間で合計特殊出生率を比較すると、日
本は38か国中35位と低かった。最下位38位は韓国であった。長時間労働の男性の割合が少ない
欧米諸国ほど出生率が高く、長時間労働の割合が多い日本や韓国は出生率が低い傾向がみられる
ので、長時間労働が低合計特殊出生率の一因と考えられている。我が国では、2019年の働き方改
革以降、総労働時間は減少傾向であるが、合計特殊出生率は上昇していない。

国内の都道府県の合計特殊出生率を比較すると、最も低かったのは、東京都で0.99と1を下回
った。次いで北海道が1.06、宮城県が1.07、秋田1.10、京都1.11だった。一方、最も高かったのは
沖縄県で1.60、次いで宮崎県と長崎県が1.49、鹿児島県1.48、熊本県1.47だった。合計特殊出生
率は、東京都をはじめとする大都市圏で低く、九州・沖縄の南日本で高い傾向がみられる。
都市部は、結婚や出産が遅い傾向があり、独身者が多いので出生率は低くなりやすいといわれる。
少子化対策の観点も含めて東京一極集中の是正が論議されて久しいが、一極集中は止まらない。
一方、出生率が高い地域は、昔ながらの子どもがたくさんいる地域の雰囲気・風土があるとい
われている。ただ、地域の雰囲気・風土を少子化対策の政策に生かすのはなかなかむつかしい。

世界人口デーの7月11日には、国連から2024年版の世界人口推計が公表された。今世紀中に世
界人口が減少に転ずると予測された。2022年版の報告書では、2080年代に約104億人でピークを
迎え今世紀末は横ばいと予想だったので、今回出生率がこれまでの想定以上に低下すると見込ま
れたようだ。この傾向は人為的環境負荷の減少という観点から評価されている。世界的視野でみ
ると、人口減少も歓迎されているのだ。少子化対策はむつかしい。