鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
◇新年あけましておめでとうございます。
◇新型コロナウイルス感染症は、1年以上を超えて流行の勢いが衰えません。流行の第3波は2020年12月末日まで拡大を続け、いつピークアウトするか、また第4波があるのかないのか予測がつきません。
◇新型コロナウイルス感染は北半球において夏期にも流行し、今までのインフルエンザなどのような気温、湿度などが影響する季節性ウイルス感染の流行とは様態が異なっています。また人の細胞への感染も特徴的であることが分かり、新型コロナウイルス感染は、コロナ突起を切断、融合して受け入れやすくする蛋白質(ACE2)を細胞表面にもつ嗅覚や味覚、肺・小腸・脳の細胞に侵入して感染することが明らかになってきました。そして仮説ではありますが、重症化には第3染色体(人は46本の染色体をもっており、大きい方から3番目の染色体)の中にある特定の遺伝子群(遺伝子は長いDNAのなかにある1種類の蛋白質をつくる情報をもった一部の塩基配列)が関係しているのではないかと言われています。この遺伝子群は、西欧の民族が受け継いでいて東アジア人には少ないため、欧米よりも日本人は重症化する者が少ないのではないかといわれています。
◇新型コロナウイルスはRNAウイルスで変異しやすい特徴があり、当初流行したウイルスの塩基配列とは異なるコロナウイルスになっているため、PCR検査の精度に影響を与えるようになっていることも推測されます。潜伏期が長いことなどにより陽性・陰性の判定に影響を与えますし、抗原検査では特異性が低いので精度が悪くなります。
◇そして、今海外でおこなわれているワクチンの開発は従来のワクチン開発とは異なり、遺伝子の断片を活用したワクチンと言われています。新ワクチンの感染予防効果がどの程度か、副反応がどれだけなのか、安全性がどうなのかが気になります。
◇今まで日本で開発、接種されている弱毒性ワクチンや生ワクチンは、開発に少なくとも数年を要します。接種後の副反応や障害の発生には数年の長期にわたる観察期間を要し、安全性を確認して使用されていますので、新しい技術で開発されたワクチンがどこまで信用できるのか気になります。当初より科学的(疫学的)流行予測がむずかしく、治療薬もなく、新型コロナウイルスに対する集団免疫(理論上は人口の約半数以上が抗体を保有する)が確立されることにより終息することが期待されました。
◇また不正確ではありますが、インフルエンザワクチンの接種は被接種者の免疫システムを鍛えて病原微生物(ウイルス、細菌など)による感染に免疫性を発揮する交差免疫ができることも期待されますので、これから同時流行する2つの感染症の予防のためにインフルエンザワクチンの接種をお勧めします。第3波がいつまで続くか分かりませんが、集団免疫ができるまでは、日常的にマスクを着用し、外出および移動の自粛と3密をさけて予防にこころがけましょう。
鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
◇厚生労働省は令和2年3月に「エイジフレンドリーガイドライン」を策定しました。策定の背景には、60歳以上の高齢労働者が増加しており、高齢労働者の雇用にあたって、転倒災害、墜落、転落災害などの防止を図るために職場環境改善の取り組みが必要となっているからです。
◇人間は「立つ」「歩く」という直立二足歩行を基本的な移動様式とする動物です。直立二足歩行は前方に倒れるようにバランスを崩して、踏み出し、遊脚を接地して前進する不安定な移動様式です。もとより二足で直立することもバランスを崩しやすいので立位作業などによって労働者が転倒したり、それによって骨折することは回避しにくいことです。さらに高齢者になると、筋力の低下(フレイル)、認知機能の低下、視力の低下、聴力の低下、動作時のバランス機能低下、立ちくらみがおこるなど転倒リスクが増加します。
◇転倒をおこす出来事は、①服の裾がひっかかる ②じゅうたんや座布団の端につまずく ③踏み台にのってバランスを失う ④階段を踏み外す ⑤床で滑る ⑥頭の上の棚に頭をぶつける ⑦ベッドから落ちるなどがあります。このため、作業環境改善こそがこういった出来事を予防するのに必要です。今までも作業安全を目的に改善が行われていることはありますが、労働者のバランス機能維持や自分の機能の認知を促す対策は少ないと思います。そのため職場において、健康診断の機会などに次のような体力チェックを取り入れることが大切です。
◇体力チェック項目は簡便にできる①握力検査(持っているものを落下させたり、下肢筋力低下により転倒しやすくなるので、直立して測定して全身の筋力状態を知る簡単な方法です) ②開眼片足立ち検査(65歳で片足時間が60秒以上できれば合格とする) ③10m障害物歩行検査 ④重心動揺測定などは時間もあまりかかりませんのでおすすめです。
◇また主に座位の事務作業の人には①立ち上がりテスト(40㎝の椅子に座って片脚で立ち上がる、左右の脚で3回ずつ) ②踵上げテスト(立位でゆっくり踵を上げ下げする、20回を1日1~2セット行う) ③壁ストレッチテスト(壁を背にして立ち、背中をそらし、両肩、手を挙上させて壁に近づけて静止する、10秒間を10回) ④ウオーキング(姿勢と速度が重要で、廊下や庭など2分間やや速歩で歩幅を広めにして、姿勢を保ちながら1回以上行う)など、工夫すると種々ありますので職場の皆さんで一緒に実行して下さい。
◇これらはロコモティブシンドローム(運動器官の障害によって移動機能が低下した状態)の予防、運動機能療法で行われているリハビリテーション項目の一部で、手軽に実施でき、おすすめです。
◇若い労働力不足を高齢労働者の労働力で確保するため、またエイジフレンドリーガイドラインの主旨を可能にするために身体機能チェックを実践しましょう。
鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
労働力人口(15歳以上の人口、就業者と完全失業者の合計)は、令和元年で6,886万人となり、前年より56万人増加しています。日本の人口構成は、年少人口(0歳~14歳)が減少し、生産年齢人口割合(15歳~64歳)も令和元年で59.5%と年々減少し、老年人口(65歳以上)だけが年々増加しています。そして、労働力人口比率(15歳以上の人口に占める労働力人口の割合)は働く老齢人口が増加しているので、令和元年で62.1%と毎年増加しています。これはいわゆる定年後も高齢労働者が現役として健康を維持しつつ、労働しているということです。さらに、これからも高齢労働者を活用していかなくては日本の産業は維持できなくなることのあらわれでもあります。
AIや産業ロボットを生産ラインに設置、活用して今後の労働者不足を解消することも実施され、また外国人労働者を技能実習生として日本国内に受け入れ、活用して労働力不足を補うことも実践されていますが、受け入れ後の体制が不備のため限界が見えてきました。質の良い日本人労働力を活用することが見直され、定年制度を見直すか、高年齢者の再雇用による活用対策が実践されています。
IT化やロボット技術が導入され労働形態の改革が行われていますが、それでもなお人間の技能に頼らなければならない作業が多くあるので、今後も人間の労働者が必要であります。
人間の労働従事年齢の延伸が必要ですが、人間は歳をとり身体老化がおこることは必然なので、身体機能を可能な限り継続して維持することが必要となり、これを目指した産業保健活動が行われなくてはならなくなりました。
今までの健康管理は、身体臓器の老化に着目し、生活習慣病も心血管疾患、糖尿病、がんなどの疾患予防対策を行ってきました。今後は、身体機能を活用した労働が継続できるような、手、足などの運動器官の健全な維持に注目した健康管理活動が必要であります。
身体の運動器官の構成要素には、①身体を支える骨格 ②骨と骨を連結し衝撃を吸収する部分である関節や脊椎の椎間板 ③身体の機能を制動する筋肉 ④筋肉をバランス良く動かす信号を送る神経系があります。人の運動器官は、出生時は未熟であるが発達を経て成熟していきます。運動器官が正常に発達するには機械的刺激(メカニカルストレス)が適正にかかることが必要であり、その刺激が過剰でも不足でも正常な動きを可能にすることはできません。よって高齢者になっても恒常性を維持するためには、体力チェックを実施し、身体機能を認知し、体力低下を補う健康づくり活動が必要となります。
運動機能を健全に保つことによって、令和2年に公表された「エイジフレンドリーガイドライン」の主旨が実行可能になります。
鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
高齢化社会の進行に伴い、生産年齢人口が減少し、それを補うために働く高齢者が増加しています。熟練高齢者の経験や知識は、とくに技術伝承業務分野においては必要であり、プラスに働く場合が多いと思います。
しかし、人間は加齢に伴い、さまざまな人体臓器の機能に変化をおこし、予備的能力が低下します。そのため外的なストレスに対して脆弱性が亢進し、ストレスに対して十分な回復力を有する健康状態を維持することが困難になります(フレイル状態という)。また、加齢に伴う骨格筋量の低下で、歩行速度や握力等の身体機能が低下します(サルコペニア状態という)。労働災害のうち60歳以上の労働者の占める割合が多くなっていることから、その防止のためのフレイルやサルコペニアの状態に労働者が陥らないようにする必要があります。
産業保健対策においては、現役時代(15歳から64歳)に健康寿命(日常生活において自分の身のまわりのことができる状態)と職業生涯を延ばすための健康づくり対策の実践が重要です。
令和2年3月に厚生労働省は「高年齢労働者の安全と健康確保のためにガイドライン(エイジフレンドリーガイドライン)」を公表しました。これは、高年齢労働者が安心して安全に働ける職場の環境づくりや労働災害の予防的観点から、高年齢労働者の健康づくりを推進し、高年齢労働者を使用する又は使用しようとする事業者及び労働者自身が取り組む事項を示し、高年齢労働者の労働災害を防止することを目指しています。
このため、現行の職場健康診断などに追加して健康づくりを推進するための体力テスト(握力、開眼片足立ち、上体起こし、体前屈、10m障害物歩行、下肢筋力測定などの検査)の実施を奨励しています。そのうち、握力検査(筋力検査)と開眼片足立ち時間(平衡機能検査)は簡便で、かつ安全なので取り入れやすいです。
筋力は日常生活において「身体をささえる」、「移動する」、「物を持ちあげる」などの動作に必要な力です。下肢の筋力が低下すると転倒や骨折のリスクが高くなり、腰痛、肩こりなどが発症しやすくなります。また、開眼片足立ち時間は平衡機能を検査するもので、これは作業中にバランスを失い高所からの墜落や転落を予防するために、作業配置を行う際にその検査結果を活用できるので検査の実施をすることをお勧めします(トレーニングで改善します)。
また、もう一つの検査は精神・心理フレイルチェックです。加齢による健忘症は誰にでも発生します。正常よりも少し認知機能が低下(軽度認知障害・MCIという)するので、MCIスクリーニング検査などであたまの健康チェックを行うことをお勧めします。MCIは認知症ではなく可逆性疾病なので、十分トレーニングで改善できるので低下を予防するためにもお勧めします。
高年齢労働者が安心して安全に就労できるように健康状態を把握して、それにあわせて適正配置などを考慮されることが重要です。
鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
厚生労働省から健康寿命を延ばすことを目指してスローガンに“+けんしん”を掲げたポスターが作成され、医療機関や官公庁などの施設に掲示されています。そのサブタイトルが「定期的な“健診”と“検診”をプラス」となっています。“健診”と“検診”がスローガンなどに使い分けて表示されることはあまり見かけません。費用負担などについても内容や条件によって異なることがあります。今回は少しその“ちがい”について説明します。
「健診」というのは健康診断あるいは健康診査のことで産業保健分野では労働安全衛生法に規定され、労働者の健康を確保するための必要な基本的事項の一つです。一般的に健康診断は住民検診として国民を対象に行われていますが、とくに事業場(職域)で行われる「健診」には2つの種類があります。
まず一つは、全従業員(常勤・非常勤者にかかわらず)を対象として「一般健康診断」として行われるものです。これは労働者の健康状態を把握するため定期健診項目(問診、検尿一般、血液一般、血圧測定、心電図検査、胸部レントゲン検査など)について、一般的には年に1回実施するものです。この結果によって健康状態を確認し、異常所見があれば精密検査の要否、療養の必要性の有無を判断し、産業医の保健指導を行うとともに労働者の適正配置、就業の継続の可否、就業制限の必要性や程度を判定し、就業上の種々の条件を検討する資料にします。
二つ目は有害業務に従事する労働者を対象とした「特殊健康診断」といわれるものです。各種の有害業務について細かな健診項目が決定されており、また対象作業によって実施頻度や細かな診察方法が決められています(労災認定の参考にされます)。騒音、有機溶剤、振動、放射線などの有害要因への曝露の有無や程度の把握(健康への影響)、その結果によって精密検査の必要性や作業内容への改善、適正配置、就業制限などの判断に資することを目的とした健診です。
一方「検診」とは、検査する対象の臓器とがん、梗塞、代謝異常などの病変内容を決定して、その目的に適合した各種検査を主体に行われる検査健診です。たとえば肺結核や肺がんの検査をする胸部レントゲン撮影およびヘリカルCT検査、胃がんを検査する胃バリウム透視撮影、胃内視鏡検査(胃カメラ)、子宮がんの検査をする子宮頸部細胞診(必要な場合は内診)、乳がんを検査する乳房触診とマンモグラフィー検査、大腸がんを検査する大腸ファイバースコープと便潜血検査、肝臓、胆のう、腎臓の異常を検査する腹部超音波検査などがあります。
職域で行われる「健診」は労働安全衛生法の規定上、労働者の健康管理を実施するため、事業主に義務付けられています。よって特殊健康診断はもちろんですが、一般健康診断の費用についても事業主が負担すべきものです。しかし、定期に行われる健診の中でも、法定項目以外の健診項目については必ずしも事業主が負担することになっていません。よって労使間でよく協議して費用負担について定めておくことが必要です。
検診の費用負担については健診のオプションとして追加して検査されるものが多いので基本的には自己負担ですが、事業場で行われた場合には健康保険組合が負担したり、事業主が補助する場合があります。
健康経営の実践のためにもそれぞれの理解と努力によって「健診」と「検診」がスムーズに行われることが大切です。