鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
新型コロナウイルスによる肺炎(COVID19)が拡大流行しています。
世界保健機関(WHO)の発表によると、パンデミック(世界的大流行)になる可能性を示唆しています。
平成11年に「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法という)が策定され、日本国内の感染症対策が行われてきました。
わが国では1970年以降、エボラ出血熱などの新興感染症と近い将来克服されると考えられてきた結核、マラリア等の再興感染症が流行し、脅威を与えていることに加え、医学・医療の進歩、衛生水準の向上、人権尊重の考え方の普及、外国に工場を建設する等による日本企業の海外進出、そして、そこでの生産が活発となり、物や人の海外との交流が盛んになったことや観光事業のインバウンド化による外国人旅行者の増加など、今までとは異なる社会情勢に対応するため、感染症対策をその都度抜本的に見直し感染症法を改正してきました。
この度、令和2年2月1日から新型コロナウイルス感染症は指定感染症(既に感染症に指定されている1~3類の感染症に含まれてなく、1~3類感染症に準じた対応の必要性のある感染症を、政令で1年間を限定して指定すること。) として指定されましたが、コロナウイルスはRNAウイルスであるため、季節型インフルエンザとは表面の抗原が異なり変異しやすく、潜伏期が長いため感染経路が特定しにくく複雑です。
たとえPCR法で感染が陽性と判定されても、特効薬がないため、今までの患者隔離等の封じ込め対策では感染の拡大を止めることは困難です。
特に検疫感染症と同様に水際作戦を実施し、感染患者や疑患者の日本国内上陸を阻止することは、長い潜伏期間中の健康キャリアがいるためチェックが困難です。今回の大型クルーズ船の乗員・乗客の船内封じ込めは、対象者が多人数で検疫が困難である中、潜伏期間中や発症していない陰性者も多かったため、一週間以上の全員の船内隔離は無理なことが多かったと思います。
確認された感染者に対しては、医療機関に入院しても特効薬がないので、対症療法を行うことで経過をみながら治療を行うしかありません。また、今のPCR法では陰性と判定されてもコロナウイルスの保有の有無を判断することは困難ですので、今までの感染症対策の方法では対応が難しい面があります。今後、感染の流行を阻止するためには、一人一人が健康管理をする必要があります。とりあえず栄養・休養・そして免疫力が向上する適切な運動などの健康行動が必須です。
各企業においては、接触感染対策として、出社時を含め一日数回の手洗い、アルコール製剤による机等の拭き取り、手指衛生を徹底し、出勤時の満員電車を避けるための時差出勤、フレックスタイム制やテレワークの導入など会社としての取組みが必要です。また、飛沫感染対策としては、感染症状のある人・疑いのある人の出勤停止措置(有給扱いが望ましい)、社員全員がマスクを着用し、健康キャリアからの感染防止と自分の咳による他人への感染防止の対策を講ずることが重要であります。
空気感染対策(エアロゾル対策)は、空気中に浮遊する病原体を吸入することで起こる感染の予防方法ですが、これは個人の免疫をつけることしか予防方法がありません。新型ウイルスのため、まだ有効なワクチンは開発されていませんので、せめて、工場や事務所の排気を十分に行い、空気が停留する閉鎖空間で仕事をしないようにすることです。
いずれにしても、今回のコロナウイルス流行スタイルは過去の国内感染症の流行と異なる(前例がない)ため、各事業場に於いては産業医等から専門的知識を得て、適切な価値観を持ち、多様性のある(画一でない)対策をとられることが重要と思われます。
鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
「働き方改革」が社会で実践され、少しずつ企業において定着しつつあります。
今回の改革は日本で今日までの伝統的に継続されてきた労働環境において、労働者の減少、雇用環境及び社会情勢の変化に応じて改善しなければならない点をとりあげています。
この改革は労働時間の短縮(残業規制)による生産性の低下、長い目で見る(経験による)人材確保と熟練作業者の養成が困難となることや、無期ではなく有期或いは短期雇用労働者の増加など、労働者の確保が難しくなる事や企業経営に影響を与えることが予想されますが、それを踏まえて事業主側に理解と改善を求める内容になっています。
この改革により労働者のライフプランにも影響を与えることになります。かつては日本の社会文化であった教育機関卒業後、その学歴をもとに「終身雇用」として一括採用され、採用後も年功序列で処遇されて昇進し、定年まで終身雇用され、退職後は年金で老後生活をゆったりと楽しむ生活設計が一般的でした。
しかし変化の著しい現代では、たとえば製造業において技術革新が進歩し、生産工程では流れ作業で製品が完成するようになり、一人一人の労働者は流れ作業の中で歯車として一部分の作業のみの単純作業を繰り返すこと等によりテクノストレスが発生し、いわゆる熟練労働者の存続が減少傾向になっています。
そして、IT革命により、単純作業は人間よりもロボットが正確に疲労しないで実行し、複雑な作業ですら人間より上手にこなせるようになり、現在では、人間はロボット作業の補助作業をする生産工程が進んでいます。
このことは、労働者の質を問わなくなり、十分な教育を受けていない外国人労働者を訓練もしないまま生産工程に従事することを可能にしています。
この傾向はさらに続行すると考えられ、「働き過ぎの防止」「ワークライフバランスの実践」「多様で柔軟な働き方の実現」を目指した改革だけでは、新たな問題・矛盾が発生することをあらかじめ危惧しておかなければなりません。
従来からの親方日の丸という日本古来の伝統的な企業モラルに対して、新自由主義が台頭したことによる成果主義の評価による人事考課の採用、熟練工養成よりもヘットハンティングによる既成の優秀な人材確保、IT技術、ロボット技術等を取り入れた生産工程の増加、生産の自動化など、人事管理や生産現場の改革に伴い、労働の質と労働者の働き方をも変化していますので、今までの労働時間をもとにした時間管理では不都合が生ずるので、労働時間法制のあり方を考え直す必要が出てきています。
産業保健分野においては、疲労しないロボットが生産の主体となり、それをサポートする人間の健康管理を新たに構築する時代を迎えています。
鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
令和2年 新年あけましてお目出とうございます。
昨年は「働き方改革関連法」が施行され、少しずつ企業の現場で長時間労働の改善など見直しの成果があらわれています。
令和元年12月の所長のページにおいて、関連法の内容の一つである「産業医・産業保健機能の強化」についての理解を深めていただくため、まず「産業医の資格」について解説しました。また、今回の安衛法の改正では産業医に関する規定が整備され、事業者は産業医の業務内容を従業員に周知させる義務が設けられたこともお伝えしました。
引き続き今回は、「産業医の職務」について解説します。
労働安全衛生法第13条に常時50人以上の労働者を使用する事業場においては、事業者は産業医を選任しなければならないと規定されています。また、労働者が1000人以上の労働者を使用する大規模事業場においては、事業者は「専属産業医」を選任する必要があります。常時50人以上999人以下の労働者を使用する中小規模事業場においては、いわゆる「嘱託産業医(常勤でなく非常勤の医師でも良い)」等を選任しなければなりません。
そして、労働者が50人未満の事業場(事業場単位であり企業単位ではないとされている)においては、医師等(必ずしも産業医資格がなくともよいとされている)に産業医の役割を担わせることを努力義務としています。
産業医は、労働者が健全に就労できるようにするため、次の項目のうちで、医学に関する専門的知識が必要な内容について事業者を支援することとなっています。
(1) 健康診断の実施(健診機関等に委託することができる)とその結果に基づく措置(産業医が労働者に面接して、結果の内容を説明したり保健指導などを行う)
(2) 長時間労働者(事業者などから情報を得る)に対する面接指導とその結果に基づく措置(長時間労働が健康状態に影響を与えているようであれば、労働時間管理を適切にするように指導する)
(3)ストレスチェックによる高ストレス者への面接指導と措置(身体的なものか人間関係などによるストレスかを判断して指導する)
(4) 作業環境の維持管理(作業環境測定結果、有害物の個人ばく露量、有害環境要因の健康障害リスクなどの総合的な評価など)
(5) 作業管理(作業時間等を好ましい状態に保つことや有害作業については作業方法の改善や保護具の着用を指導する)
(6) 健康・衛生教育(インフルエンザ等の職場での感染予防対策や喫煙などの健康影響要因についての教育・指導など)
(7) 健康相談(労働者がかかえている身体的、あるいはメンタル不調などの健康問題の相談に応じ、必要であれば医療機関受診を勧める)
(8) 就労が関係すると思われる健康障害の原因調査及び再発防止のための措置
また、これらの活動に加えて1~2ヶ月の間に定期的な職場巡視を行うほか、事業場が開催する「衛生委員会」に委員として出席し、事業場での健康管理・作業管理・環境管理に関する事項や就労活動が健全に行われるように意見を述べることとなっています。
とくに今回の改正では「産業保健機能の強化」の内容に、事業主は産業医に長時間労働者など(時間外・休日労働時間が一ヶ月80時間を超えた労働者氏名、超過した時間に関する事柄等)の健康管理に必要な情報提供をしなければならないとされています。
次に産業医の権限として、事業者に対して労働者の健康管理等について勧告ができることとされています。
産業医は労働者の立場に立って、職場環境の改善・強化や労働者の健康に関することについて、事業者に勧告することが出来ますが、その場合にはあらかじめ事業者から勧告の内容についての意見を求めることとされています。そして、事業者は勧告内容については、遅滞なく衛生委員会に報告し、勧告内容や講じた措置の内容等を記録・保存しなければならなくなりました。
事業者および労働者の皆様は働き方改革の趣旨を理解し、産業医を十二分に活用して、今年も健全な就労生活を送れるように努めましょう。
鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
いよいよ今月で令和元年の最後の月となりました。
今年は産業保健行政の改革の目玉として4月1日に「働き方改革関連法」が施行されました。
いくつかの注目すべき内容がありますが、そのなかであまり話題にならない内容に「産業医・産業保健機能の強化」があります。
これは「産業医」という資格をもった医師の存在があまり知られていないのが、その理由の一つと思われます。今回の安衛法の改正では産業医に関する規定が整備され、事業主に産業医の業務内容を従業員に周知させる義務を新たに設けました。そこで事業主や労働者のみなさんに知ってもらう必要があるため、産業医関連の内容を解説します。
まず、医師は医師国家試験に合格すると医師免許が与えられ、独占的にすべての医業を行うことが可能となります。
免許取得により、全ての診療科(内科、外科、産婦人科、眼科、耳鼻科、整形外科、放射線科など)の診療や治療行為を行うことができます。
しかし、医学部在学中には免許がありませんので、卒業後の免許取得後でなければ、注射、手術などのいわゆる医療行為は出来ず、そのため免許取得後は、最低2年以上の臨床研修を行ってからはじめて一人前の医療行為が可能となります。
ですが、あらゆる診療科の診断・治療などの診療技術を身につけるためには長年を要しますので、多くの診療科のうちから自分が選択した診療科名を標榜して診療にあたります。その診療科名を標榜をするために特に資格要件はありませんので、どの医師でも内科医であったり、外科医を名乗れます。言いかえれば、内科医が整形外科医や眼科の治療をしても何も問題はありません。
次に産業医についてですが、産業医になるには「事業場において(医療機関内のみでない)労働者の健康管理等を行う産業医の専門性を確保するため」労働安全衛生法第13条に、医師であることに加えて、「労働者の健康管理等を行うのに必要な医学に関する知識について労働省令で定める一定の要件を備えたものでなければならない」と規定されています。
一定の要件とは、次のように規定されています。
①労働者の健康管理等の知識に関する研修を修了した者
②大学において労働衛生に関する科目の教育を担当した教員
③その他厚生労働大臣が定めた者
(①の研修については、日本医師会の行う産業医学基礎研修や産業医科大学で行われる産業医学基本講座の受講等があります)
つまり産業医の多くは、医師免許取得後に日本医師会の行う「産業医学基礎研修」により産業保健の知識を習得して産業医としての資格を有することになります。
そして、労働安全衛生法第13条に労働者が50人以上の事業場では、産業医を選任することが事業主に義務づけられているため、今回の改革によって、産業医の存在と職務について改めて認識する必要が出てきました。
「産業医」への理解を深めていただくため、まず、産業医の資格要件などを解説いたしました。次回(令和2年1月の所長のメッセージ)は、産業医の職務等について解説いたします。
鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
今度の働き方改革関連法の施行により、各企業では今までの働き方を見直すことと、働き方を変えることを推進しなければならなくなりました。働き方改革の基本的な考え方は、働く人々が、「個々の事情」に応じた多様な働き方を、「自分で選択」できるようにするための改革です。
現状の労働法制では、正規雇用者の解雇規制が厳しく、雇用調整(解雇など)が難しくなっているため、大企業(派遣先)は正社員の採用を控え、下請けの派遣会社より労働者を派遣社員(非常勤が多い)として受け入れるようになっていました。今まで、派遣元事業主は派遣労働者を派遣先の正規労働者と比較して基本給等の待遇を低く扱っていましたが、この改革により、不合理な待遇で働かせることが禁止され、適切に処理しなければならなくなりました。
改正のポイントの主なものの一つに、長時間労働の是正があります。その内容は、時間外労働(いわゆる残業のこと)の上限を月45時間、年360時間(約1日2時間残業)を原則としましたが、例外として現時点では、自動車運転業務、建設事業、医師などは猶予期間を設けたうえで、また研究開発業務は規制の適用が除外されました。
基本的に、労働基準法では労働時間は1日8時間としているものの、使用者が労働組合又は労働者の過半数代表者との書面による協定により、その協定の範囲内で時間外労働が可能となっています。今回の改革の趣旨は、労働人口の減少等により、やむを得ず労働力不足を補うための制度であったのですが、注視しなくてはならないことは、やむを得ない事情がある場合に活用されるはずの時間外労働の上限規制が、労働者の採用当初より条件に組み込まれて、就業機会の拡大や一人一人のより良い将来展望のもてる処遇ではなく、労働強化に繋がりかねなくなっていることです。
事業主は、いわゆる残業を減らす努力をする必要があるため、自社で処理できない業務量の受注や、無理な納期の受注をしないようにすることや、労働者数に余裕をもった経営努力が求められることなどを理解しておかなければなりません。
また、労働時間のことだけではなく、通勤に長時間を要する労働者の疲労等が発生しないように配慮した就労体制をとる必要もあります。
勤務時間インターバル制の導入にあたっても、労働者の生活時間や睡眠時間を確保するために、前日遅くまで残業したのであれば翌日の始業時間を遅くするなど、柔軟な勤務時間制度をとることが必要です。
裁量労働制の導入にあたっては、業務量が過大である場合(高い成果を求める)や期限の設定(決められた期間に結果を出す)が不適切である場合には、労働者自ら時間配分をする裁量が事実上失われる事があります。裁量労働制の導入の趣旨に適合した適正な導入と運用が事業者に求められます。
このように今回の働き方改革の実際の導入にあたっては、労働者はもちろんのこと事業主も改革の趣旨を理解したうえで推進しなければ改革は実現できないと思われます。快適労働環境を実現するため、頑張りましょう。