鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
働き方改革関連法の改正項目の一つに「年次有給休暇(有休と略す)の確実な取得」があります。労基法第39条第1項では「雇い入れの日から起算して六ヶ月間継続勤務し、全労働日の8割以上出勤した労働者に対して、継続し、または分割した10労働日の有休を与えなければならない」とされています。
しかし、年次有休の取得状況を見ると労働者一人平均年次有休取得割合は50%を下回っています。
労働者が有休を取得するためらいがあります。その主な理由は「みんなに迷惑をかけるから」「後で多忙になるから」「職場の雰囲気で取得しづらいから」「上司がいい顔をしないから」「昇格や勤務査定に影響があるから」などがあげられ、おおむね想定されていたことであり、これらを考慮し、今回改正が行われました。
改正点は「10日以上の年次有給休暇が付与された労働者に対して、年5日については毎年時季を指定して与えなければならない」とされたことであり、より有休をとりやすくしたことと、残りの5日は今までどおり申請に応じて取得可能としたことです。
また、従来、労働者からの申し出によることが原則であったため、前述の理由などで申し出すら出来なかったが、今回の改正で5日間の有休取得が使用者にとって義務付けられたことは、従来とは異なる点であると理解してもらうことも必要です。
今までは、労働者が有休を申請した場合であっても、使用者には時季変更権があるので、会社の仕事が暇な時や会社の都合の良い時に有休を取るようにすすめ、労働者の有休希望日ではなく、別の日を指定して拒否することがままありました。
しかし、この度、労働者が有休を申請した場合、「使用者は時季変更権を行使して時季を変更するにあたっては「事業の正常な運営を妨げるという個別的、具体的、客観的な要件が存在しなければ拒否できない」と変わりました。
しかし、有休を労働者の申請どおりに認めていたのでは”会社がつぶれてしまう”とか、会社の都合を優先して必ずしも申請されたとおりに有休を与える必要がないと考えている頭のきりかえのできない使用者、人事担当者あるいは労働者のなかにも存在しています。
本改正の主旨は「使用者に対して、出来る限り労働者が指定した時季に休暇を取得できるように、日常から有休の申請があれば状況に応じて配慮できる対策を立てておく必要がある」ことを要請していると解すべきです。
たとえ、当日請求があっても直ちに拒否するのではなく事業ごとに時季変更権行使の条件を充足しているか否か判断する必要が生じるので、急な欠員があっても交代要員(技能労働者や資格労働者の欠員の場合などでは、まだ十分働くことのできる在宅退職労働者などに、急に欠損が生じた場合に支援をしてもらえる契約等を結んでおく) をおいておく配慮が必要です。
これにより労働者に、個人的あるいは家庭的理由が生じても安心して休暇が取れるようになり、今まで以上に労働者がワーク・エンゲージメント(仕事に誇り、やりがい、熱意、活力をもつこと)をもって労働を継続することが可能になると思います。
鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
「働き方改革」の目指すものの一つに、働く者の置かれた個々の事情に応じ「多様な働き方」を選択できる社会(労働環境)を実現することにより、成長(経済発展)と分配(労働対価)の好循環を構築し、働く人一人ひとりで良い将来の展望をもてるようにするとされています。
しかし、「多様な働き方」を企業で採用する場合に、目指す目的とは異なった対応があることに注視しておく必要があります。
従来の労働者は、家庭は休息の場として、会社で労働することに専念することが当たり前のように考えて労働を提供してきましたが、家庭内で仕事をしていた者、いわゆる家事をしていた者が家庭外で労働を提供する労働者となり、会社が家事、育児、介護などの私的(?)な事情を考慮して受け入れる体制を構築することを促進することとなりました。
このことは、労働者の個々の事情に配慮して労働環境をつくることになりますので、短時間の勤務や会社(職場)に通勤しなくても在宅で業務を遂行できる体制を整えることになります。
短時間労働を提供する、あるいは採用することは、いわゆる非正規雇用者として勤務する者が多くなることになります。
日本の今までの採用条件は、企業が採用した従業員は定年まで雇用する(定年制)という終身雇用制度であると一般的に信じられていました。この制度はいわゆる正規雇用といい①雇用期間の定めのない採用であり、②労働時間も8時間のフルタイム制であり、③従事する会社に直接雇用されるなどの3条件を満たしていました。
この伝統的雇用体制が崩れてゆき、多様な働き方を導入することにより、前述の条件を満たさない雇用期間(1~5年)が定められた有期雇用者、時間で区切られて働くパートタイム労働者、採用している会社(派遣元)でなく、その会社から他の会社(派遣先)に紹介されて働く派遣労働者など、一般的にいう非正規労働者が増加しています。
最近では、非正規労働者が全雇用者の少なくとも3分の1以上を占めるようになり、また女性雇用者は、半数以上が非正規雇用者となっている地域もあります。
このことは、企業側が求めている職種、技能、賃金、就業条件などと求職者側の個人の事情と一致しない場合が多く、たとえ採用されても短期間で離職してしまう雇用のミスマッチがおこっています。これは、労働移動が盛んになり入職率も離職率も増加しているように雇用統計に表れています。
その上、会社側も労働賃金などを低く抑えるため、正規よりも非正規雇用者を多く採用するようになり、賃金が低く抑えられる要因ともなっています。
このことにより、「働き方改革」で同一労働同一賃金の考え方が提案されていますが、主旨は非正規の賃金を上げることにあったのですが、非正規雇用の方の低賃金に正規労働者の賃金を合わせるなど影響を及ぼしています。
また、年功賃金制度にも影響を与えるなど、今までの労働条件に変化と課題を生じさせていますので、働き方改革の主旨が正しく運用されるように社会全体で努力していく必要があります。
鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
平成30年6月に労働基準法や労働安全衛生法などの労働関連法の改正と併せて、働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律(「働き方改革関連法」と略す)が成立し、平成30年7月に公布されました。
「働き方改革関連法」は、働く人が個々の事情に応じて多様で柔軟な働き方を自分で選択できる環境を社会や企業内に構築することを目指しています。
このことは産業保健の立場からも望ましいことと考えます。しかし、これを達成するためには、日本の企業の採用体制である終身雇用体制をどのようにするのか、などの阻害要因も改変する必要があります。現代では、新自由主義の考え方やグローバル化により、日本人が外国で採用されたり、日本国内で外資系企業に就業している場合もあり、有期雇用契約など海外の労働文化が取り入れられるようになりました。
労働を実績或いは結果のみで評価する成果主義が、日常的に企業の人事評価、賃金評価に採用されるようになりました。これは、自分の評価を良くしようと努める日本的文化、身を粉にして(粉骨砕身)会社のために働く親方日の丸の美徳精神に反し、日本的労働者が実績評価の労働環境の中で、「時間外労働の上限規制」や「年次有給休暇の確実な取得」等を自らを律して受け入れてくれるか疑問に思います。
一方、我々は貨幣経済の文化のなかで生活しています。貨幣を使って食物を得たり、生活を実践していますので、貨幣を得るために働かなければならないと考えています。しかし、ただお金を得るために仕方なしに仕事をする「いわゆる食うために働く」という労働者が多く存在するようになっているのではないかと心配しています。
働き方改革の推進のためには、人生改革なり労働者個人の生きがいの確立がなければ、改革の意義が見えてこないし、必要性が十分に理解できないと思います。
産業保健の立場からは、この改革により、まず労働者の健康維持確保が容易なることを期待しています。そのうえで、労使とも自然観、人生観、死生観などを持ち、改革の意義がそれぞれの労働者の人生に適合して達成されることを期待します。
鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
国会の委員会の質疑を聞いていると、年金の支給が困難になりそうであることと「生涯現役社会」という言葉が現実味をおびてきました。
年金問題は人口の高齢化(人口構成がつぼ型になった)により賦課方式を採用した年金制度の弱点が表面化して、国が掛け金として徴収し運用することで年金の財源を確保し続けると設定していましたが、資金運用がスムーズにいかなかったことや年金を掛けていなかった高齢世代に年金等として支払い資金をつかってしまったことにあります。また、人口(特に徴収対象となるであろう若年労働者層)がこれほど早く減少するとは予測していなかったことにも問題があります。更に、年金問題とは別に若い労働人口の減少は労働力不足をまねき、企業活動が困難になってきていますので定年後の高齢労働力の活用は必須の条件となっています。
2013年に人口構造の中で4人に1人が高齢者(65歳以上)となったため、高齢者が社会構造を維持し、持続性社会を活性化する重要な役割を担うようになってきています。そのため定年後も就労する高齢者が急増し、若年労働者と再雇用された高齢労働者がバランス良く活躍する社会をどのように構築するかが昨今の課題となってきていますが未だ未整備のままであることが懸念されます。
日本の年金制度自体を維持することは可能と思いますが、「終身雇用体制」が崩壊した影響で、将来の年金については安心して生活できる金額が確保されるのかどうか、あやしくなってきました。
このため自助努力や自己責任で定年後も労働を続け、自分自身でそれぞれの生活水準を維持することの必要性が政府より公表されるようになりました。それには現役の時から定年後も働き続けられる健康と体力を維持しておくことが前提となります。
これまで、「在職中」を基本としていた産業保健の健康管理の在り方は、定年後も就労を続ける現在においては、根本から見直す必要があります。今日の「働き方改革」は、働く人が個々の事情に応じて多様で柔軟な働き方を自分で選択できることを目指しており、ややもすると現役の若い労働者のみの就労条件の改革と考えられていますが、60・70歳代の高齢労働者の就労を可能とする改革も盛り込まれることが望まれます。
現役の労働者の70%が中小企業・小規模事業所で働いている現況の中で、資金力が少ない中小企業に、社会問題を自ら受けとめて対策を講じることは難しいと思われますので、社会全体で、更なる「新しい働き方改革」を構築することが急がれます。
鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
最近、日本の経済界の関係者などから、日本の労働者の採用及び就労条件の基本であった終身雇用について、「これからは終身雇用制度を守るのは難しい」とか「終身雇用制度はもう守れない」という談話があることをマスコミが報じるようになりました。このことは、日本の資本主義体制とそれに基づいて成立している労働基準法や日本の労働法規の根本をゆるがす言動であると注目されています。一般的慣例として、日本では会社に採用されて就職すれば定年(退職する年齢をあらかじめ定めていること)まで、その会社に勤務することが保障されていると労働者は考えていると思います。かつ正当な理由なく解雇されることもなく安心して勤務を継続できると多くの人は考えていると思います。
18世紀にイギリスで産業革命がおこり、近代資本主義が始まりました。自給自足により生活する、或いは自分の能力や技術で作った商品を売って収入を得ていた時代から、自営業者や会社のオーナーなどを除いて、一般の多くの人は1日に8~12時間、工場等で労働者として仕事をする、いわゆるサラリーマンとして労働し、その対価として報酬(賃金)を得て生活するようになり今日まで続いています。
そして、日本で生産される自動車や電気製品などは、長期間の労働が保障された労働者による熟練した技術によってこそ、品質の良い製品をつくることができたのです。
特に自動車などの製作にあたってはデザイン・インの思想が取り入れられ、製品の設計段階から、部品メーカーと自動車メーカーの間で情報を共有し、部品メーカーは単なる「下請け」ではなく自動車メーカーのパートナーとして、部品同士の「擦り合せ」により、製品全体の精度と完成度を高めて故障の少ない良質の製品を作り上げる事が出来ました。また、このことが消費者からも信頼を得るようになり、やがては世界市場で販売競争に勝てるようになり、日本経済はめざましい発展を遂げることが出来ました。
しかし、反面、このような親会社と子会社の関係は、日本の既得権益の構造、すなわち部外者を寄せ付けない政・官・業の癒着構造を生み、新製品の開発にややもすると努力をしなくなり日本経済の活力を奪い始めたのです。
そして、1980年代後半より日本社会に新自由主義が浸透するようになり、グローバルスタンダードに影響された市場至上主義の価値観が日本社会で受け入れられるようになりました。これは自由競争の体制で上手に稼ぐことが「資本主義の正義」と考えられるようになり、その結果として競争に敗れた者が倒産したり、職や財産を失う時代になりつつあります。
新自由主義による格差の拡大や終身雇用制度から有期雇用制度への変化は定期昇給がなくなり、低賃金による生活苦を自己責任として考え、正当化されるようになります。また契約雇用では雇用の流動化がおこり、企業間の労働力移動が活性化し、高い仕事能力を持った労働者が更に自分の能力を活用することが出来る場合は、社会の発展につながります。しかし一方で、短期雇用により必要な仕事の能力が身につかないままの特に若い労働者が増えれば、雇用の安定性が保てなくなるばかりではなく、熟練した労働力を確保出来なくなり、良質な製品の生産ができなくなるどころか、ひいては伝統的日本的資本主義が維持できなくなります。
みんなが求める幸福な社会、みんなが心豊かに暮らせる社会の実現は難しくなりつつある気がいたします。
終身雇用制が自壊し、有期雇用で労働することが本当に日本社会の安定的発展につながるのかどうか、「働き方改革」に合わせて考えなければならない時期に来ていると考えます。