鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
厚生労働省では毎年9月を『全国労働衛生週間 準備月間』とし、また、平成25年度よりこの期間を「職場の健康診断実施強化月間」と位置づけています。定期健康診断(以下「健診」という)については、とくに小規模事業場において実施率が低調であることが調査等の結果に示されています。また、健診結果について産業医等からの意見聴取および、その意見を勘案した就業上の措置(以下「事後措置」という)の実施率が低いことを踏まえて、健診の実施を改めて徹底するため、この月間に集中的・重点的に指導が行われています。
さて、健診の意義については改めて触れる必要はないと思いますが、適切に理解されていない面もあります。
健診は労働者の健康状態や職場環境・作業状況を把握する事を目的として、労働者の健康管理を進める上で必要な健康情報を得るために重要な柱として行われています。
職場においては一般健康診断(定期健康診断)と有害作業に従事している者を対象とした「特殊健診」があり、その他に「じん肺健診」や歯科医師による「歯科検診」があります。また地域医療では、結核やがんのように特定の疾病異常を発見するための「検診」があります。
いわゆる健診は受診者個人の固有の検査値と、個々の医学的検査の結果やデータを突合して全体的に健康状態を把握するものです。これにより、職場や作業場あるいは特殊な作業が及ぼす健康影響を観察することにより集団的評価を行い、事後措置として職場環境や作業環境の改善に繋げることを目指しています。
これに合わせて一般的な疾病の早期発見・早期治療を目的としている場合もあります。その場合は、一般的健診で限られた検査項目の結果などの範囲で判断し、疾病の疑いを予知したり治療中や治療後の状況を把握し、生活改善の目安にも活用されています。
健診は狭い意味での疾病の発見のみを目的に置いてはいないのですが、一次健診で要精密検査と判定され、医療機関を受診したが異常がなかったので、無駄な時間と経費がかかったと苦情を言われることがあります。しかし職場環境や作業環境の改善に資する場合もある事を理解して頂きたいと思います。
事業場の健診は労働者の健康状態を把握し、優れた労働環境を構築するために大変重要な事ですので、必ず受診していただくことと医師や保健師などの指導や助言を得る良い機会ですので、労働者の健康管理のため、100%完全に実施されるよう期待いたします。
鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
企業の「健康経営」という概念は今までも折に触れて語られてきました。
1980年代にアメリカで「健康な従業員こそが収益性の高い会社をつくることができる」と言われていたとされています。すなわち労働者の健康が維持されなくては企業が成り立たないし、健全経営が困難であるとされていました。しかし、日本とアメリカでは雇用体制がもちろん異なります。
日本では、会社と労働者の関係は労働安全衛生法が成立して以来、日本独特の就労措置が実践されています。
労働者の健康確認と確保については、労働安全衛生法成立以前の労働者の採用にあたっては、労働者が採用前に健康診断結果を会社に提出し、会社は労働者の健康を確認して採用するシステムが多くは行われていましたが、労働安全衛生法成立後には会社は採用後に雇い入れ時の健康診断を行い、その結果により労働者の健康状況に合わせて適正配置をするなど就業上の配慮が必要となりました。また、労働者の健康管理は法的に企業の義務となり、かつ労働者に健康障害が起こった場合には、企業にその責任を追及することも可能になりました。
その上、病気の治療などを受けることを容易にするため、労働者が負担する医療費の一部を企業が補填することや、予防対策をとることが企業利益につながることと理解されるようになりました。それぞれの企業の経営状況に応じて相応に出資をして健康保健組合を組織し、労働者・企業、そして必要な場合には国も一体となって保険費用を負担し、医療の受診を支援することや健康の維持体制をつくり健康経営を実質的に実践しています。
また、今日では労働者数の減少、高齢労働者の就労、女性労働者の増加などにより、多様な就労者構造のなかで、必ずしもいわゆる健康な者のみが就労しているとは言えず、メンタルヘルス不調がある労働者、生活習慣病などによる病気治療中の労働者や、健診結果において何らかの所見がある者も多く働いているのが現状です。
事業者は常に労働者の健康を把握するため定期的(ほぼ1年毎)に健康診断を行い、医師により検査項目ごとに所見の有無について判定した結果報告を受け健康管理を実施します。
事業者は、管理区分(診断区分) の「医療上の措置不要(異常なし)、要観察、要医療」に関する判定を健康診断を実施した医師に求めます。また産業医に当該労働者の就労継続の可能性、就労制限や休業命令などの意見を求め、それにより作業環境管理、作業管理などの事後措置をとるとともに労働者の健康管理を行うことにより健康経営を実践します。
更に労働安全衛生法に基づく定期健康診断のほか、地域保健に係る一般・特定健康診査やがん検診などを含めると、検査結果に基づく産業医等の判定も判断基準が一層複雑となり、統一的に判定することが困難な状況が発生しています。
今までの産業保健の考え方では健康経営への対応は困難になっており、新しい考え方を取り入れて就労支援事業(事業場における治療と職業生活の両立支援)を現場で実践されることが必要だと思います。
(注)「健康経営」はNPO法人健康経営研究会の登録商標です。
鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
産業保健の底流に労働者の健康保持増進そして疾病予防と生活支援の考え方が流れています。人は働きながら社会参加をすることによって、生きがいを持ち、収入を得て安定的社会生活を過ごすことができます。
国の施策としての「治療と職業生活の両立支援対策事業」は、産業保健の流れに沿って「病気になっても医療機関の外来で治療を受けながら働き続けたい」という人を支援することを目指しています。
この対策の背景には多くの要因がありますが、「平成22年国民生活基礎調査」の結果から、推計30万人以上の労働者が「がん」で通院しながら就労していることが明らかになり、また、平成28年の労働衛生統計においても(50人以上の労働者を雇用している事業場からの報告によると)、一般健康診断の結果で、労働者の半数を超える人に、健診項目の基準値の範ちゅうを外れた異常所見があるとされ、また、全く異常所見のない、いわゆる「健常者」が少なくなっているという調査結果が一つの理由になっています。
その上、労働者の年齢構成も高齢化が進み、かつ常勤労働人口そのものも減少していることもあり、将来の労働力不足対策の一環としても必要な事と考えられます。
以前から健全な国民や労働者を保持するため健康増進事業が実施されています。特に労働者を対象に、トータル・ヘルスプロモーション・プラン(THP)事業の提唱により、運動やパワートレーニングを取り入れた体力づくり運動が展開され、企業のみならず、これに興味を示した自治体も、市町村に健康増進センターを設置し、トレーニング用の健康器具を導入して、住民(労働者も含まれている)の体力向上に力を入れてきました。
しかし、自治体においては財政困難な状況になったり、参加者が思った以上に伸びなかった事などにより、この事業が削減されました。また各企業においては労働者の健康づくりに、トレーニング器具が必要となったので、健康増進車等を導入してサービスを行いましたが、種々の理由(時間がない、経費がかかるなど)により、企業が年に何回か開催するイベントで活用されるぐらいとなり、THP事業もうまくはいっていません。
最近、企業においても健康な労働者がいなければ企業の発展は見込めないと言われ、「健康経営」の考え方が取りあげられています。この考えも大変重要なことであり進化させていかなくてはならないと考えています。たとえ企業の経営が下降気味になっても健康経営の考え方が変わらないように維持されることを願っています。
さて、健康が多少害されても、労働力としては十分に活用出来る労働者が多くなったことや、労働力不足の対策にも就労支援が必要であることを述べましたが、企業を経営する人には対応が難しいこともあり、受け入れにくいこともありますので、健康づくり運動のように衰退してしまわないか気になるところです。
これからは健康にかかわる対策を行い、経営的効果をある程度明確に示すことが必要と考えます。もともと企業努力と理解により就労支援の考え方が企業に定着すると思うので、出来るだけ科学的に目に見えるように効果を示すことが必要です。
経営的効果をはかる推測方法として、費用効果分析という方法があります。この解析方法は産業保健分野では、あまり活用されていないと思われます。
それは、効果を分析する場合に、もともと負の費用効果が含まれているうえに、利益が出たかどうかが労働者や企業のメンタル的価値や健康経営など、心の豊かさにかかわる考えを入れなくてはならないからです。
病気の治療をしながらの就労については、労働者の生きがい、家族の安心をも含んだ企業の健全な考えが取り入れられねば、経営的に効果がある分析結果を出すことができません。
産業保健の取組は、必ずしも営利を目的とする企業には取り入れにくいものですが、福祉の向上を目指す企業活動がさらに社会の発展につながると理解され、就労支援をすることが必要であると企業経営のなかで定着することを願っています。
鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
職場の健康管理は、いわゆる職業病(生産活動に従事することによって発生する健康障害で、腰痛症、騒音性難聴、振動障害、鉛中毒、じん肺症等をいう。)に限定せず、私傷病とされていた生活習慣病(一般に生活習慣が原因で発症する健康障害で、高血圧、脳卒中、心臓病、がん等をいう。)も作業関連疾患の範ちゅうに入れて対応することにより、これらの疾病の予防を含め、積極的に健康増進を推進するようになりました。さらに、職場の種々のストレスや人間関係に起因する心の健康の障害予防や改善に努めることが、メンタルヘルス対策として今日的主要プログラムになり、新たにがん患者などが治療をしながら就労が可能な環境をつくるなどの就労支援事業が実践されています。
このため、雇用時の健康診断や毎年の定期健康診断では健康診断で実施される医学的検査の結果が正常かどうかに注目されがちでしたが、それよりも労働者の健康状態を把握することによって、労働時間の短縮、作業転換、配置換えなどの健康診断の事後措置に役立てることが必要なので、①既往歴および業務歴の調査、②自覚症状および他覚症状の有無の調査が一層重要なものになっていることに気づかされています。
①既往歴および業務歴の調査は、今日では一事業場での永久就業は少なくなり、今現在の企業に採用されるまでに数種の職業に就労してきた労働者も珍しくなくなりつつある現状では、直近に実施した健康診断の結果を活用し健康状態を判断をするだけでは、健診事後措置に役立てるのには、不十分となりました。労働者を適正に配置するためには、以前の就業歴、既往疾患、服薬歴、喫煙・飲酒歴を把握し、かつ、現在罹患している疾病の状況も把握する必要があります。それによって就業以前の健康状態を調査し必要に応じて人事配置を考慮する事により、生活習慣病などの憎悪を予防するように努める必要がでてきました。
②自覚症状および他覚症状については、検査の基本は視診、聴打診、触診などの臨床診療手法による他覚所見検査を行い、そして既往歴、業務歴、生活状況、家族歴などと、就業するあるいは、就業している作業場の巡視の状況などと照合してさらに必要な検査項目を追加して選び、総合的に判断をしています。
特殊健康診断においては、取扱う化学物質や従事している作業環境などの健康影響の情報を把握し、労働者本人に中毒や障害の内容を説明するとともに関連する他覚所見を診察、記録しておいて、その後の障害等の判定や健康管理に活用するように努めています。
この①②の検査を行うとともに、その他の健康診断項目すなわち身長・体重・腹囲・胸部エックス線検査、血圧測定、貧血検査、肝機能検査、血中脂質検査、血糖検査、心電図を医師の判断により実施しますが、医学的に異常値のみのチェックを目的に行うのではなく、毎年同じ検査をくり返し行い変化の把握と作業環境の改善などの事後措置に役立て健康管理を行うことが、時代の変化に合わせた健康診断の現実的活用と考えています。このような理由から労働者の皆様には健康診断をぜひ毎年受けていただきますようにお願いいたします。
鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
近年、産業保健の主要な課題が変化するなか、重要な役割を担う「産業医のあり方」が検討されています。
労働安全衛生法では、従業員が50人以上の事業場には、総括安全衛生管理者(業種・労働者数により設置が必要)、安全
管理者(同)、衛生管理者及び産業医などを選任することが定められています。
その中で、産業医として活動する者は、医師免許を有する者が医学に関する専門的知識に基づき、有害物を取扱う業務や夜間など
特殊な環境で作業に従事する労働者の健康管理、そして、いわゆる生活習慣病の予防のため労働者の相談にのったり、
就労環境の改善について必要な措置を事業主に指導します。
また、毎月1回以上の職場巡視(労働安全衛生規則の改正により、平成29年6月1日以降は、事業主から毎月1回以上産業医に
所定の情報が提供されている場合であって、事業者の同意がある場合には職場巡視の頻度を2ヶ月に1回とすることができるよう
になりました。)をしたり、最近では過重労働による健康障害の防止、メンタルヘルス対策、労働者の病気の治療と職業生活の両
立支援を行うなど、担う業務が増大しています。
さらに、衛生委員会に「産業医」として参加し、労働者の健康管理について専門的立場で説明したり、課題の提案などを行います。
そこで、産業医を法人の医師である代表者や病院の院長などが兼任している場合は、職務が適切に遂行しにくいことや労働者
の健康管理と人事などを含む事業経営上の利益が一致しない場合も想定されることから、これを禁止するため労働安全衛生規則
が改正され、平成29年4月1日から施行されることになりました。
労働安全衛生法が施行されるまでは、産業医の事業場での立場が明確でなく、かつ、事業主が産業医の依頼主となるため、適切
に勧告を行いにくい場合もありました。
しかし、労働安全衛生法に、産業医の立場は事業主と労働者の中間に位置し、中立的立場で衛生委員会で発言できるし、事業主
に勧告できるようになりました。また、労働安全衛生規則第14条第4項において、事業主は、産業医が勧告した内容を理由にして
産業医に対して、解任その他の不利益な取り扱いをしないようにしなければならないと産業医の立場が保護されたため、依頼主で
ある事業主に対しても、忖度なしに勧告できるなど産業医の職務が行い易くなりました。
よって、産業医は中立的立場で、労働者の健康管理にあたり、就労のあり方についても適切な判断をいたします。労働者は健全
で良好な作業環境で働くことは当たり前のことですので、もしも、職場や自身の身体に不都合が生じた場合には、産業医に相談して
下さい。
労働者不足の改善や健全な労働者を確保するため、メンタルヘルス不調の予防や病気の治療をしながら就労を継続することを
容易にするための事業場における「就労両立支援」などの種々の施策が始まりましたので、必要に応じて産業医を活用されること
を期待いたします。