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鳥取産業保健総合支援センター 所長 黒沢 洋一

 

「労災事故3年連続増加、転倒予防対策が急務」

 

厚生労働省によると、仕事中の事故で4日以上休業した人は、13万5371人と前の年よりも
3016人増え、3年連続の増加となった。原因としては、転倒27%、災害性の腰痛16%が多か
った。その要因として高齢労働者の増加があげられる。65歳以上の労働者は過去10年で約
1.5倍に増加し、1千万人近い高齢労働者がわが国の産業を支えている。

そのため、高齢労働者が能力を発揮し、職場で事故なく安心して活躍できるよう「エイ
ジフレンドリーガイドライン」(厚労省 2020年)が定められた。このガイドラインでは、
転倒防止のため、照明確保、手すりの設置、段差の解消などの職場環境の改善に加え、高
齢労働者の健康や体力の状況の把握、体力づくりの取組などが提唱されている。体力の把
握では、2ステップテスト、閉眼片足立ちテストなど5種類の身体機能測定が提案されている。
ただ、これらの身体機能測定は、場所と時間と費用が必要であり、手軽に行えるわけで
はない。場所を必要とせず簡易に行える脚筋力評価・10回イス座り立ちテスト(長寿ネット、
公益法人財団長寿科学振興財団)が実用的ではないかと考えてる。脚筋力は全身の筋力と
の相関があり、脚筋力を測定することで筋力が十分であるか不足しているかの目安となる。
また、脚筋力は転倒のリスクとも関連している。この簡便な体力評価で「低下」と評価さ
れ、かつ週1回以上の定期的な運動をしていない場合にはプレフレイと判定してはどうかと
考えている。

1年前、隗より始めよということで、自分の体力測定を行った。10回椅子立ち上がりテス
トの結果は14秒で、想像した以上に時間がかかった。65歳∼69歳の基準値で「遅い」(脚筋
力「低下」)と評価され、運動習慣もないので自分自身をプレフレイルと判定した。当時、
体重が2㎏程度減少し、体脂肪が減ったと喜んでいたが、実際には足腰の筋肉が落ちていた
のだ。だらだらと座りっぱなしの生活だったことを反省した。早速、プレフレイル対策と
して運動を開始することにした。安価で単純な機能しかない自転車エルゴメーターを購入し、
テレビを見ながら走行距離1日3kmを目標に運動するようにした。現在10回椅子立ち上がり
テストのタイムは11.4秒「普通」と1年前より改善した。たしかに、つまずきそうになるこ
とが減ったような気がする。


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 黒沢 洋一

 

「高温と慢性腎臓病」

 

気象庁は、5月1~9日の間は10年に1度程度の著しい高温となる可能性が高まってい
るとして「早期天候情報」を発表した。昨春の5月もゴールデンウイークを含めて高温
との予報で、夏の猛暑で知られる埼玉県は、4月28日に早くも熱中症予防の注意喚起を
行っていた。暑さへの注意喚起は年々早くなってきているようだ。当センターでも例年
6月に開催していた職場の熱中症対策の研修会を今年は5月開催に変更した。

高温による急性の健康影響として熱中症がある。放置すれば脱水や体温上昇により、
多くの臓器に機能障害が生じ、生命を脅かす。その予防対策が重要課題であることは
言うまでもない。一方、高温環境の慢性的な影響も懸念されはじめた。きっかけは、
1990 年代にエルサルバドルの農業従事者にみられた慢性腎臓病とさらに悪化した腎不
全による死亡である。彼らは、40℃を超える気温の中、厚着をしながらサトウキビを
一日何トンも収穫する労働を行っていた。調べると、中央アメリカの高温多湿な農村
地帯で同様の死亡例が多いことが明らかとなった。その後、北米、南米、中東、アフ
リカ、インドでも同様の事象が観察されている。専門家は、従来の腎臓病の要因(糖
尿病や高血圧など)とは異なる要因が関与しているとして、気候変動による気温の急
激な変化、熱ストレスが一因となって生じた可能性を示唆している。日常的な高温ば
く露と重労働、栄養不足等により、日々微細な腎臓の障害が引き起こされ、これらが
累積されて慢性腎臓病を生じるという仮説である。マウスの動物実験でも、熱ストレ
スと脱水症状に繰り返しさらされると、マウスの腎臓において慢性炎症と尿細管損傷
が生じることが報告されている。

わが国の慢性腎臓病は徐々に傾向し、患者数は1500万人と推計され、新たな国民病
といわれている。高齢化と糖尿病、高血圧などの生活習慣病の増加がその背景にある。
最近、某製薬企業のサプリメントとの関連でも注目されている疾患である。猛暑に襲
われるわが国でも、高温ばく露と慢性腎臓病の関連に着目する必要があるだろう。

 


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 黒沢 洋一

 

「世界の人口統計からみた新型コロナウイルス感染症パンデミックの影響」

 

1950~2021 年の世界の年齢性別死亡率、平均余命、および新型コロナウイルス感染症
パンデミックの影響に関する論文が英国の医学雑誌ランセット「LANCET」に掲載された。
このレポートは、新型コロナウイルス感染症が世界の人々に与えた影響を1950 年から
2021年までの世界中(204の国と地域)の人口統計に関するデータを基に評価したもので
ある。年齢標準化死亡率は 1950 年から 2019 年にかけて低下したが2020-2021年には増
加した。新型コロナウイルス感染症のパンデミック期間中、2020年と2021年を合わせて、
世界中で1億3,100万人が死亡し、そのうち1,590万人が新型コロナウイルス感染症に関連
した死亡と推定された。これには、新型コロナウイルス感染症による直接的な死亡と、
パンデミックに関連する他の社会的、経済的、または行動の変化による間接的な死亡が
含まれる。

1950 年から 2021 年の間の世界の平均寿命(出生時平均余命)は、 1950年の49.0 歳か
ら2021年 71.7 歳まで伸びた。1950年から2019年まで安定して伸び続けたが、2020-2021
年に1.6 歳減少し、歴史的な傾向が逆転した。ペルーではマイナス6.6歳、米国ではマイ
ナス2.0歳など172の国と地域(84.3%)で平均寿命の短縮がみられた。一方、2020-2021
年の間に平均寿命の延長が観察されたのは日本、台湾、ニュージーランドなどの32の国と
地域(15.7%)のみであった。日本では検疫の強化、マスク着用の徹底、社会・経済活動
の制限などの感染予防に努め、有効なワクチンや特効薬の開発を待つという方策がとられ
たが、その評価・検証がされるであろう。ただ、2021-22年でみると、日本でも新型コロ
ナ感染症の影響のため平均寿命は短くなっている。

本レポートでは、社会的に弱い立場にある5歳未満の子供の死亡率に着目したところ、
1950 年から世界的に低下し続け、新型コロナウイルス感染症パンデミック中も同様に死
亡率は低下したと報告している。新型コロナ感染症による5歳未満の子供の死亡率への影
響はほとんどみられず、成人、特に高齢者への影響が明らかになった。さらに、世界の人
口の地理的分布と年齢構造は根本的な変化を遂げ、低所得国・地域においても、人口増加
の鈍化、平均寿命の延伸がみられ、世界中で人口構造が高齢化していることも本レポート
は指摘している。こうした人口動態の変化は、将来、医療制度、経済、社会に課題をもた
らす可能性があるとし、新型コロナウイルス感染症のパンデミックの最初の 2 年間、そし
てそれ以降に世界の保健情勢に生じた重大な変化をより深く理解することが将来のパンデ
ミックへの備えに重要であると締めくくっている。

 


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 黒沢 洋一

 

「セイフティ・ファースト」

 

120年以上の歴史を誇り、米国の製造業の象徴であったUSスチールに対して、日本の鉄鋼
最大手企業による買収交渉がすすめられている。ただ、この買収にはアメリカ国内で異論が
出ており、「アメリカ・ファースト(America First)」を掲げる前アメリカ大統領もその
一人であると報道されている。

渦中のUSスチールは、「セイフティ・ファースト(Safety First)」のスローガンを提唱し
た企業としても有名である。このスローガンは、1900年初めアメリカの最大手鉄鋼会社であ
ったUSスチール社の社長エルバート・ヘンリー・ゲーリーが、人道的見地から工場の経営
方針をそれまでの「生産第一、品質第二、安全第三」から「安全第一、品質第二、生産第三」
に改めたことに由来するといわれている。この変更によって、当時不況下で劣悪な環境で多
発していた労働災害は減少し、品質・生産も向上するなど目覚ましい成果がみられたと伝え
られている。その後「セイフティ・ファースト(Safety First)」というスローガンは、アメ
リカ全土に、さらに世界中に広まることとなった。

日本においては、1915年(大正5年)、北米旅行を続けていた逓信省管理局長を務めた内
田嘉吉氏が、アメリカ国内の行く先々で「セイフティ・ファースト(Safety First)」という
文字を目にし、大きな感銘を受け、帰国後、安全第一運動を提唱したと「日本の産業安全運
動の軌跡」(中央労働災害防止協会)で紹介されている。今日の日本においては、「安全第
一」という文字をいたるところで目にし、「安全第一」は誰もが知るスローガンとなっている。

今回の買収交渉がどのようにすすむのかはわからないが、「セイフティ・ファースト(Safety
First)」安全第一に異論のある者はいないだろう。

 

 


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 黒沢 洋一

 

「災害と水道インフラ」

 

大きな被害をもたらした能登半島地震は、2月1日、発生から1カ月を迎えた。空港や一部の
学校の再開など、復興に向けた足音が聞こえ始めたが、断水など生活インフラは整っていない
と報道されている。今回の震災では、あらためて水道インフラの重要性が突き付けられた。

水は生命の維持に不可欠であり、日常生活、産業活動にも多量の水を必要としている。「水
をろ過して供給すると水系伝染病だけでなく一般の死亡率も減少する」といわれており清潔で
安全な水を供給する近代的水道事業は社会にとって不可欠となっている。水道法では「清浄に
して豊富低廉な水の供給を図り、もつて公衆衛生の向上と生活環境の改善とに寄与することを
目的とする。」と記載されている。水道の水は、生命維持以外に洗顔、入浴、炊事・調理、
掃除・洗濯などの生活用水としても使用される。東京水道局によると、令和元年、家庭では
1人あたり1日に平均214リットル程の水を使用している。これは2リットルのペットボトルで
107本分に相当する。

このように社会に不可欠な水道事業であるが、水道管等の破裂、破損、抜け出しなどによる
事故が毎年2万件以上発生しており、老朽化対策が必要となっている。日本の地下には地球17周
に相当する約70万㎞の水道管が埋まっているが、そのうち約14%が既に法定耐用年数を超え、
今後20年間では全体の23%の更新が必要と見積もられている。水道管路の耐震化対策も重要
な課題である。19都道府県で約257万戸を超える世帯が断水した東日本大震災以降、水道管の
耐震化は重要課題として挙げられている。しかし、基幹管路の耐震化率の現状は、都会で40%
以上、地方では20%台である。能登半島地震にみるように、水道インフラの地震に対する備え
は十分ではない。一方、人口減少などによる水道事業の収益悪化は水道の老朽化・耐震化対策
の大きな障害となっている。このような背景があるため、国は厚労省が管轄する水道行政を、
国土交通省と環境省に移管した(2024年4月より施行)。

蛇口をひねれば出ることがあたり前になっている水だが、清浄な水はきわめて貴重な資源で
あることはいうまでもない。その資源を守り有効に活用するため、私たちは水道事業に関心を
持ちその課題を共有する必要があるだろう。