鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
働く人の健康に着目し、企業経営に活かすことを目指して、健康経営という概念が提唱されています。
人口が少子高齢化となり、労働者人口が減少している為、高齢労働者(65歳に達した後で雇用された者など)を採用、活用して健康な労働者人口を確保し、企業の生産性向上を目指すと同時に病気のリスクを減らし、会社の医療費負担の軽減や労働機会の損失を回避することを考えるようになりました。
これまでの健康管理は、労働安全衛生法の枠のなかで、従業員の健康管理について法令の定める範囲で実施してきましたが、その枠を超えて、労働者の健康を社会の経営に活かそうとするものです。
現行の特定健診・特定保健指導は、おおむね40歳~74歳の労働者を対象に事業場で実施されています。基本的考え方としては、自覚症状のない疾病および、自覚症状のない段階での早期に危険因子や病態を発見し、労働者の生活の質の維持・向上や健康幸福寿命を伸ばすことを目指しています。
特定健診の健診項目は老人保健事業で行う「基本健康診査項目」に「特定健康診査」として特定の項目を追加したり、項目によっては廃止されたものもあります。
追加された内容の特徴的なものは、腹囲測定です。これは、内臓脂肪型肥満があると、高血圧、高血糖、脂質異常などの病態が発症し、これらが重複すると虚血性心疾患、脳血管疾患等の発症リスクが高くなり、内臓脂肪を減少させることによって、これらのリスクを減少させることが可能であると考えて追加されたのです。すなわち、内臓脂肪症候群(メタボリックシンドローム)の考えを導入することにより、特に生活習慣病のうち、内臓脂肪の蓄積や体重増加が血糖値、中性脂肪の増加をもたらし、やがては動脈硬化を引き起こし、脳梗塞、脳卒中、腎不全、糖尿病を発症するので、その前に適切な保健指導で予備軍を減少し、生活習慣病等の発症を未然に予防しようとするものです。
そこで特定健診の特徴的なものとして、腹囲測定(男性85cm以上、女性90cm以上、それぞれの値が以下であっても肥満度(BMI)が25以上)を重要なリスク判定基準にしたことです。さらに血糖、脂質、血圧、そして喫煙歴ありのリスクを判定基準として加えて、「積極的支援レベル」と「動機づけ支援レベル」にグループ分けし、「保健指導対象者」として特定保健指導を行っています。特に腹囲が大きいだけに着目したのでは腹囲の小さい非肥満者であっても危険因子の保有者があることもあり、今後検討され見直されると思いますが、腹囲測定は誰でも巻尺(メジャー)さえあれば、簡便に自分の身体状況を把握・確認し、改善出来る良さがあります。
これらの対策は、食生活の改善、運動の導入、労働時間の短縮が行われれば、「動機づけ支援」を受けたり、勤務内容を改善することにより、比較的容易に実施することが出来ます。
高年齢労働者の就労支援が雇用保険適用拡大となり、様々な対策等により、より適切に行われて日本の産業が活力あるものになることを期待しています。
鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
最近、新卒採用の若い労働者が就職した後、間もない期間(=1ヶ月~1・2年)に退職してしまうことが散見されます。
彼らの特徴は、学生時代には自由がたくさんあった(自由すぎる教育の課題もある)が、就職してみると自分の自由裁量が少なく、決められたことを指示されて働くことが不得手であることや、慣れていない作業をすることはいやだと拒否反応として、容易に離職してしまいます。
しかし、イヤな仕事以外で興味のある会社のイベントや同僚との夜のつきあいには、それほどイヤがらずに参加・同行するので、こうした行動は採用した企業の上司や管理者にとって理解できない行動の為、メンタルヘルス上で「職場不適応」と扱われてしまう”いわゆる新型うつ病”と言われる事例です。
これは、脳の代謝異常(セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミン等の乱れ)によって、感情・意欲などの生活機能が全般的に低下したり、食欲不振・体重減少、過食、 めまい、性欲減退などの身体症状が目立つ従来型のうつ病とは異なります。新型うつ病とは心で病む(悩む)という普通の気分が低下した状態なので、悩み事意以外は通常通りに行動し、生活機能は特定の領域(現在の自分のやりたくない仕事など)のみ機能が低下するだけであり、精神障害とは明確には言われません。
自分のペースで行動することが大事であり、邪魔されたくなく、自己愛が強く、傷つきやすく、労働量が人はどうであれ自分にとって過重であれば、心の負担を感じ疲労感を覚えるのです。また、仕事がうまくいかないと人のせいに責任転嫁したり、更に飲酒やギャンブル等は可能でも、就職前に考えていた仕事内容とのギャップがあると嫌がったり、拒否反応が態度に表れるので、こうした行動は上司や同僚にしてみれば、怠けているように見える為、今どきの若いヤツは頑張らないと愚痴ってみたり、精神的におかしいのではないかと精神科への受診をさせた方が良いと考えるようになります。しかし”いわゆる精神病”ではないのです。
それでは、このような新型うつ病にどのように対応したらよいかが課題となります。
職場の上司は、採用後の初期段階ではそうでもありませんが、しばらくすると普段と違う行動(遅刻、早退、欠勤が増えたり、休みの連絡がない、ミスが目立つなど)に、まず気づくことが必要です。そして声をかけてあげたり、話を聴いてやることから、ゆっくり対応を行い、どうしてもうまくいかない場合や、必要な時には産業医等に繋ぐ対応をします。
新型うつに陥っている労働者は聴いてもらうことにより気持ちがすっきりしたり、自分のことが分ってもらえたという安心感を持てるようにします。精神療法の一部としては対象の労働者に自己をみつめてもらい、等身大の自分の受容を促し、長所を聴いて引き出し伸ばすように話し、短所を適切な方向に成長させるように説得し、意識づけには少し時間がかかりますが、相談にのってあげることです。その上で、自分(上司や同僚、あるいは家庭)には、手におえないと考えたら、産業医に相談することをお奨めします。
主治医は病院に勤務したり、開業しているので、診断書は書きますが公文書なので、患者(様)の不利益になるような内容は、患者の生活面にかかわる事や人権にかかわることもある為、記載いたしません。
一方、産業医は企業に採用されたり業務契約をしていますので、本人と直接面接し、相談にのったりすることが業務であり、必要があれば主治医と相談する等、適切に判断し対応してもらえると思います。
メンタルヘルス対策や、ストレスチェック制度の目指すところは、労働者が悩み、精神的に落ち込み、それが仕事に影響を及ぼした時、周りの人が適切に支援することが基本です。それでも解決できない時には、医療従事者と連携をとりながら対応する流れになると思います。
鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
産業医というと一般には、馴染みのない言葉に聞こえると思いますが、内科医、外科医、放射線科医、小児科医というように、分野を示す医師の呼び名は千差万別です。
産業保健(Occupational health)は同義語として産業医学(Occupational medicine)、産業衛生(industrial hygiene)と言われています。
職業と健康のかかわりについては、ギリシャ時代から当時の医師による記載があり、古くから働くことによって健康を害することに気づいていました。15世紀 になると通貨が普及し、経済流通のために金貨の需要が生まれ、そのため鉱山業が発展し、鉱夫の病気に関する医学・医療の関心が高まり、産業医学の父と言われるベルナルディーノ・ラマッツィーニ(1633~1714年)が「働く人の病」を本にして出版し産業医学が始まったと言われています。
日本では、1905年(明治39年)に鉱業法が制定され、鉱山医が活動するようになり、社会的に認知され、医療業務の内容として産業医学が実質的に対策として実践されるようになり、医療はもとより公衆衛生活動の重要な分野としてとりあげられ、医師のみでなく、補助的な健康関連専門家および医療従事者も活動をするようになりました。
その目的は職業病や労働災害および、それから引き続き発生する機能障害を予防し、発生した障害や疾病の治療を行い、その上で健康を増進することを行うようになりました。
また、有機溶剤、特定化学物質(※H2S.CL2.NH3. 臭化メチル)、重金属(鉛、カドミウム、水銀)、電離放射線、振動、騒音などの暴露や異常な環境(高気圧、酸素欠乏)におかれた労働者の健康状態の把握を長期間観察することが可能なので、いわゆる職業による健康障害を研究することが可能であり、かなりの研究が早くから行われ、そのおかげで、職場環境の改善などの対策がとられ、いわゆる職業病の発生が減少してきています。
それに代わり労働人口の減少や産業の活性化のために、健全な労働者確保のため、生活習慣病(がん、脳卒中、心臓病、糖尿病)などの必ずしも職業関連のみでは発生しない疾病の予防対策が取り入れられてきました。また、メンタルヘルス対策などのように労働環境が複雑になり、発生する精神関連疾病への対策もとられるようになっています。
更に、労働者の高齢化もあり疾病をかかえての労働も日常的となり、就業しながら疾病の治療もサポートする体制として具体的に「治療と職業生活の両立支援業」が活動するようになりました。
産業保健総合支援センターや医療機関に新たに両立支援促進員を配置し、当面はがん治療中の労働者を中心に就労環境の改善措置について事業場には理解を求めるとともに配慮に取り組んでいただけることを期待するようになりました。
産業保健の事業は時代の流れの速さや医療水準の向上、社会経済環境の変化に合わせて、最近めまぐるしく変化するので、しっかり体制を整えて対応していく必要があります。
(※H2S.CL2.NH3. 臭化メチル)の表示についてのお願い。
上記()内の数字は下付き文字(小さい文字での表示が正しい)としておりますが、インターネットをご覧いただく際に、
各自皆様の閲覧ソフトによっては、IE(インターネットエクスプローラー)は正しく表示されますが、Google(グーグル)、Firefox(ファィヤーフォックス)等のソフトによっては、正しく表示されない場合もございますので、ご承知おき下さいますようお願いします。
※特定化学物質の一部
H2S:硫化水素
CL2:塩素
NH3:アンモニア
CH3Br:臭化メチル
鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
「こころの健康」ということが、メンタルヘルスやストレスチェック制度の説明のなかでよく使われます。
「健康」というのは、健康であるという定義よりも健康を害していない(医学的検査結果で異常値を示さない、又は基準値や標準値から逸脱しない)ということで、健診などで判定されて説明を受けた方が科学的に理解されやすいと思います。
また「こころ」というのは「からだ」に対することばであり、人間の精神作用の元となるもので、知識、感情、意思の総体のようなものであると考えられます。
そうすると「こころの健康」とは実態が見えないものであり、基準値や標準値(最近では正常値という言葉は使われなくなっています)で判定し、健診結果のように科学的な数値として診断できることではありません。笑ったり、泣いたり、喜んだり、怒ったり、悔しがったり、妬んだり、人間の本来持っている、いわゆる普通の精神活動が歪んだ状態で一定期間続かないようにすることが「こころの健康」を保持することになります。
「こころの健康」を、保持・増進あるいは歪まないように予防するためには、身体的不調(高血圧、糖尿病、神経痛など内因的制限)によって「こころの健康」が保持できない場合は病気の治療等行い改善をすることが重要になります。
外因的要因(物理的、化学的、生物学的ストレッサー)によってストレスが発生し、「こころの健康」が維持できない場合には、騒音、寒冷、高熱などの環境改善、シックハウス病、有害ガス、有機溶剤などのストレッサーの除去、病原微生物などの雑菌や害虫の駆除、花粉に対する防具などの対応を実践することが必要です。
家族の不幸(喪失感)、夫婦の不仲、子供の問題、家計等の経済問題などの社会的ストレッサーから発生するストレスは、日常生活を良好に保てるような個人レベルの相談を可能にする対策をとっておく必要があります。
職場などの人間関係のストレッサーによるストレスには就業体制の改善が必要であり、人事考課等による就業成績の評価に対するストレスは避けがたいこともあります。また、最近の新しい傾向として、日本の資本主義体制での評価はあまり厳しくない雰囲気で発展してきましたが、日本の雇用体制に欧米流の効率主義や実力主義が取り入れられるようになり、それに伴い永久就職雇用体制から非常勤採用(期限付き)、パート採用などの短期間採用が多くなっています。このことは、契約期間が切れると失職するのではないかという不安が、常に労働者にのしかかっていることになります。
自分一人の考えでは、心が閉鎖的になり抜け出る事が困難な場合もあります。 第三者(上司、家族、そして産業医など)に相談することにより、ストレッサーがストレスとして固定しないように対応する努力が必要です。
「こころの健康」を保持・増進することは、精神疾患の第一次予防の前の事業場において、楽しく幸せに安全に働ける職場環境をつくることを目指しています。
鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
世はグローバル時代になった。経済分野においてもイギリスで国民投票によりEUからの離脱票が多数を占めた事で、世界の株式市場が反応し乱高下している。大企業の ヨーロッパ支店がイギリス国内にあることもあって日本国内の市場も株の全面安を起こすなど直接的に影響を受けています。
このように海外の国内情勢がもろに遠く離れた日本国内に影響を与えるようになり、もはや日本一国の内部情勢で日本の存在を考えるだけでは、世界の一員としての存在を明確にすることや、繁栄を計ることは出来なくなっています。
日本の国際交流は当初は国際化ということで言われ、海外の人、特に発展途上国の人を国に受け入れ、主には留学生や研修生ですが日本の得意とする技術などを習得してもらい、留学生や研修生が帰国後に自国で産業を興したり、活用して発展することを期していました。また、それと同時に保健分野では、医師や保健師などの専門職が感染症の流行地域や医療の行き届かない地域で医療行為をしたり、保健指導などを行い、衛生状態の改善をするなど、限りなくへいきん平和的で人道的な国際貢献を実践してきました。
最近ではグローバル化として日本人が外国に出かけて現地で生活し、そこの文化を共有しなから生活し活躍するという、現地で姿の見える貢献を保健分野のみでなく文化、教育などの分野でするようになりました。
日本国内に来日された外国人も日本国内で居住する人も多くなったので、国籍の異なる人と一緒に生活する為、各国の文化や宗教を受け入れる「多文化共生」という考えを実践することが日常的になりつつある。
特に文化の中でも宗教関係の価値判断と行動基準を理解し合う事の難しいことは以前から言われています。
その中で技術協力の為、日本人の専門家が途上国に派遣されて、テロ等の事件に遭遇して死亡するなどの不幸な事象が起こっています。
世界の中でも特有な文化や宗教観を持っている日本がグローバル化として世界貢献するためには、奉仕精神だけの単純な考えではとても対応困難です。海外に対して今まで以上の十分な理解とテロなどのリスクに遭遇しない体制がとられないと日本のグローバル化は発展しないと思われます。