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鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之

我々人間にとって「心の健康」は大切なものであるとともに、身体の健康と同じように論じられ、ややもすると身体の健康よりも重要なものであるとも言われます。人類は万物の霊長であり、精神活動をするから人間であるとも言われます。
健康について、WHOの定義では「単に疾病や虚弱でないというだけでなく、肉体的・精神的ならびに社会的に良好な状態である」とされています。

精神的健康すなわち心の健康について、よく話されますが実際にどのようなものであるか分りにくいことです。

医学分野のなかに「公衆衛生学」というカテゴリーがあり、そのなかに「精神保健」という分野があります。このなかで産業保健に関連した内容をみると、精神の病的状態のために職業生活に支障を生じている状態を改善したり、休職した場合は職場復帰を支援をすることが行われています(障害者の公的自立支援が主な対策でした)。

今日では、労働現場のいわゆる健常者のメンタル不調を未然に防止することがメンタルヘルス対策として行われています。「労働安全衛生法」の制定により、労働者の健康を守る為に、「作業環境管理」「作業管理」「健康管理」(労働衛生の3管理)が法により命令として、事業主が行うべき施策として定められました。その中で、「健康管理」については健康診断や健康教育が条文として謳われています。具体的施策には通称「トータル・ヘルスプロモーション・プラン(THP)」として身体面だけでなく、精神的な側面についても十分配慮して推進されています。トータルと言われるなかには、ターゲットとして生活習慣病予防と心理社会的ストレス要因によるメンタル不調の発生防止を実践することが含まれています。

メンタル不調とは行動障害、心身症、神経病、精神病などこころの不健康状態を総称する言葉です。特に行動障害には出社拒否、無断欠勤、職場内での人間関係や仕事上のトラブルの多発、過食、多量飲酒、デスク喫煙、性行動の偏り(のぞき、下着どろぼう、痴漢など)等があるとされています。

メンタルヘルス対策は健康診断の実施と同時に行われなくてはならないことであり、ストレスチェック制度が施行されたのは、この流れの一環であり、繰り返しになりますが、労働者のメンタル不調を未然に防止(一次予防)することを目指しています。就業についている労働者の強い不安、悩み、ストレスなどの心理的負担の程度を把握し、労働者自身がストレスに気づくことが重要とされているため、労働者自身で判断が困難な場合は、専門的に相談にのってくれる産業医の役割は重要であり、事業主に対しても安全配慮義務を遵守できるように医師として支援いたします。その職務を遂行するため、月1回の職場巡視をすること等により、労働者の職場の現状を把握して、医師の立場から職場へ適切な指導・助言をしたり、高ストレス者の面接指導も行うのがこの制度の要であります。50人以上の労働者を雇用している事業場においては産業医が選任されていますので、機会をつくって産業医に相談して下さい。

労働者の心の健康を保持、増進するために、事業主や担当者等の理解が深まり労使一体となってメンタル不調を防止するため、実効ある事業として実践されることを願っています。

 


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之

今度、厚生労働省から「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン(両立支援ガイドライン)と略す」が公表されました。
今日では、とくに人口の高齢化と若年層の労働力不足のため、高齢者が退職後も就労を続けている事業場が多くなりました。
このことは、持病などの健康上の不都合をかかえた労働者が増加することにもなります。これらの労働者は医療・保健・福祉制度を活用することが多くなり、就労と疾病管理(治療のための医療受診など)を都合よく両立させなくては勤務を続けることが出来ません。

主に今までは医療現場では慢性疾患をかかえる不治の病を持ちながら就労している患者が多かったので、医療や福祉を供給する側がサービスを活用しやすくするために、診療時間を夜間にしたり、土日に開院して受診患者に便宜をはかっています。そのほかにも、いわゆる身体上の障害を持った人もノーマライゼーションの考え方が普及し、就労しやすいように職場環境を改善したり、就労可能な作業に配置して、就業者が治療受診しやすいように便宜をはかることがとられていま す。

これらの現状をふまえ、今度の両立支援ガイドラインは事業者側にも今まで以上に対応を求めたものです。
まず、理解が進むために、研修等により以下のような就労上の体制を作り、措置を実践されるような内容を提案しています。たとえば、まず労働者の健康確保はもとより、労働時間短縮、時間単位の年次有給休暇、就業場所の変更(在宅勤務も含む)、作業内容の変更、治療計画に合わせた勤務形態などがあげられています。

疾病構造が変化して、生活習慣病(がん、脳卒中、心疾患、糖尿病、肝炎など)は、老化の一環として誰もが罹患する可能性のある疾病であり、医療技術の進歩によって「不治の病」で治療困難で急性期の経過をとっていた状態を、完治は出来ないが一生付き合う病気に変わってきています。

このため、長期休業して治療に専念する必要もなく、外来通院で治療継続でき、労働が身体機能に強い影響を与えることの少ない軽い疾患が多くなり、適切な就労の措置がとられれば就労の機会を失うことなく勤務継続が可能である。このガイドラインでは、特に「がん」を抱えた人の労働者について配慮がはらわれることを求めている。がんの治療が慢性的経過をたどり、治療も長期化し、治療による副作用の発現することもあり、また、がんに罹患したことによる精神的ショックなどのメンタルヘルス面の配慮が求められている。

これからは医療機関においても「両立支援センター」を設置して疾病管理と就労関係の相談にのったり、必要な場合には事業主への意見書等を作成するプランになっています。事業主は産業医や保健師、看護師等の産業保健スタッフと相談して適切な対応をとることが求められています。
今後は労働者の健康管理、生活の安定、幸せな人生の実現のため、新しい労働体制が事業場に確立されることを願っています。


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之

最近、健康に関する書物や健康食品などの宣伝に「健康寿命をのばす」という意味の言葉が使用されています。
「健康」の定義については、世界保健機関(WHO)の定義(健康とは身体的にも精神的にも社会的にも完全に良好な状態であり、単に病気がないとか、病弱でないということではない。)が一般的に使用されていますが、個人個人にその概念をあてはめて考えると、現実的には理解と実践する場合に種々に異なった対応があります。
また「寿命」は命がある間の長さのことでありますが、これを組み合わせた「健康寿命」とはどのような状態であるのか、わかりにくい場合があります。「健康寿命」という考え方は予防医学分野で、病気を予防する事とはどのような生き方の状態を想定するのかを検討する中で考え出された概念です。

一生を生きていく ためには可能な限り身体的に自立して、自分で自由に摂食でき、そして排泄などが可能な状態を維持する事が、望ましい条件の一つであると考えたわけです。
「健康寿命」は主に身体的機能低下(病気・老化など)を視野に入れた考えでありますが、精神的機能低下(認知症など)も入れて考えないと高齢化社会では適切ではありませんので、「健康寿命」の概念は複雑になってきました。

疾病予防対策の実際では、病気になるきっかけを未然に回避し、不健康な生活から個人が脱却するようにする事を目指しています。原因の分っていることはその原因に暴露しない対策や環境をつくること。例えば、公害などの原因となる工場からの排煙による大気汚染については公害対策で改善したり、有害物質が混入した食品の摂取を避けるために食品衛生法により厳重に食品業者を監督・指導が行われています。

個人についても肥満が万病の元と考えられるので、食生活の改善や運動の実践を提案し、より適切な運動の指導や対策等を行っています。これらによって自立して一生を過ごすことを疾病予防の目標とする概念に 「健康寿命をのばす」ことで、人口の高齢化などに対応しようと考えたわけです。

「健康寿命」の考え方には、一人一人の主体的人生観が入っていますし、単に生きながらえることを意味しているものでもありません。

社会対策として「健康寿命」の考え方が適切に理解され、すばらしい人生が実現できることを願っています。

 


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之

いよいよストレスチェック制度がスタートしました。各企業や事業場では開始にむけて準備されていると思います。また、産業保健総合支援センターにも不明な点や実施方法などについて問い合わせが増加しています。

さて、チェックリストの調査項目の医学的意味や背景についてはあまり解説されていません。労働者は労働をすることによってストレスを感じる (精神的負担が自分の中で処理できなくて、身体的あるいは精神的に種々の影響や症状が表れてくる場合)ことがあります。
もちろんストレスによって、それがきっかけで前向きに反応して活力の源となったり、活発な活動の源になる場合がありますが、ストレスチェック制度の調査項目は前者のような状況をチェックし、集計することになっています。すなわち仕事や職業生活によって精神的不安や悩み等を感じ、これがストレスとして感じている労働者を対象とし職場環境を改善することを目指しています。

ストレス要因は、いろいろありますが、その中で精神的プレッシャーや労働負荷などに関連したものがあります。特に、精神的プレッシャー (労使関係や同僚とのコミュニケーションなど) は明確に判断することは難しいですが、肉体労働 (重い荷物を持ったり困難な仕事をする) や長時間労働に関係することはストレッサーが計量しやすく、程度分類 (症度) が可能であり疫学的にも解析が容易であり科学的に説明しやすく客観的にも分りやすいのです。これに関連したことは、平成26年11月1日に施行された過労死等防止対策推進法の内容が分りやすいと思います。
労働をすることによって感じる死に至るような、ストレス(個人差がある)を明らかにして法律によって過労死を防止することを目指しています。また、長時間労働 (測定可能) が脳や心臓疾患の発症に関係することを疫学的に証明することは可能であります。

心理的負担 (強さや程度分けが困難) による精神障害 (精神疾患) により、正常な認識や行為選択能力が著しく阻害され自殺に至っことを証明することはなかなか困難ですが、過重労働や長時間労働であれば、たとえ死亡まで至ることがなくても脳血管疾患 (脳卒中) や心臓疾患 (心筋梗塞) に至る因果関係をある程度明らかにすることが疫学的 (寄与度、確率、蓋然性) に可能であると認め、労災認定が行われるようになりました。

ストレスチェック制度はこの法律の対象となる状況にならないように、仕事をすることが精神的負荷であっても早目に自分自身が認知したり、ストレスの高い労働者については関係者が精神的に援助することを目的としています。
労働者がチェック項目に記入する場合にも、これらのことを理解し正確に記入してもらえるように少しずつ対応していくことが必要です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之

明けましてお目出度うございます。
今年は昨年末(平成27年12月)に開始されたストレスチェック制度を実質的に実施することになります。
ストレスチェック制度の目的は労働者がメンタル不調になることを未然に防止することにあります。誰でも日常の生活する場面でも或いは就労中でも種々のストレスがかかります。それに対応するため、労働者が自分にかかっているストレスの程度などの状態を知ることにより、ストレスがたまっていたり、ストレスの程度が高い場合には医師などの面接指導を受けることによって軽減措置をはかる対策をとるようにすることです。
実施にあたっては、紙媒体である質問票に労働者自身が自記式によって記入することで、労働者の心理的負担の程度を把握する検査を行います。それをもとに労働者自身にストレスの気付きを促すとともに職場改善につなげるなど働きやすい職場をつくることや、メンタル不調を防ぐ第一次予防を目指したものです。

さて、予防医学において、第一次予防(健康増進、予防接種による免疫機能強化など)と言いますが、最近までの第一次予防は生活習慣病(脳卒中、がん、糖尿病など)の予防の実践に健康診断をすることや病気の治療過程で投薬の前に食生活改善や運動をすすめることなどが多かったと思います。このために身体の健康状態を知るため血圧を測定したり、血液の検査や胃カメラ、胸部X線撮影などのスクリーニング検査が行われ、一般的にこのシステムが普及し受け入れられています。これにより早期に異常を発見し、治療をしたり、肥満予防のために運動をすすめることなどで早期発見・早期治療という第二予防につなげて健康維持を実践したり、延命効果をはかることを目指しました。

一方この予防活動は、よい効果ばかりではなく、精密検査を受けて早期の所見などを判定するので、見落とすことがあったり、偽陽性として不安な時期を過ごす精神的負担を発生させることがあります。
もちろん病気を未然に防ぎ、延命をはかる効果があることは言うまでもありませんが、不利なこともありますので、これを少なくするため医療のエビデンスに基づいた医療判断や医療行為が適切に行われるよう努めることが肝要です。

さて、今まで精神保健活動を第一予防として取り組んだ例としてはメンタルヘルス対策があります。
この度のストレスチェック制度は、人間のメンタル不調という人の気分障害などの精神活動に関連した医療のなかでも高度な医療知識と判断が要求される分野であり、日常的に誰もが陥るうつ状態などのメンタル不調を発見することや、うつ病などを鑑別診断するなど難しいことを実施することになります。

そして、高ストレス者になった者に対して、原則的には産業医によって面接指導が行われ、産業医にとっても高度な技術と知識が必要となり負担がかかります。これを容易にかつ均一的にするためにチェックリスト等を活用し工夫して行うことでスムーズに実施されることを期待します。

ストレスチェック制度では、精神障害者を発見するのではなく、快適な労働環境において労働できる職場形成を目指していますので関係の皆様の適切な理解のもとで実施されることを願っています。